屋敷内ではそこかしこで競り合いが行われていた。土方も刀を走らせ、浪士たちを討ちとっていく。
刀を合わせた浪士たちから、わずかながら一様に狼狽の気配を感じた。ちらちらと周囲を目で探り、互いに困惑を浮かべた視線を交わしている。
屋敷内に先ほどまで存在していた、隊士以外の気配が絶えていることに気づいたようだ。
「あいにくだったなァ。店の従業員たちも幕吏たちも、全員とっくに避難してるぜ」
土方がにやりと笑って告げる。
この料亭が重宝されている一番の理由は、地下に整備された通路の存在だ。その地下通路を使い、幕吏や従業員たちはとっくに逃げおおせている。
馬鹿にした土方の笑みに浪士たちはいきり立ち、怒りを向けてきた。
「謀ったな――!」
その言葉に、どの口がそれを言うんだ、と土方は思わず呆れ返った。
「騙し合いはお互い様だろーが」
お互い様だし、負ける気もない――どんな手を使おうとも。
銀時は浪士たちをえげつない、などと言ったが、幕吏を囮に使った自分たちも似たようなもんだろう、と土方は薄っすら嗤った。
もともと、予告状が届いた時点で会合など立ち消えになったようなものだ。それを、わざわざ『本物』を引っ張り出してこの屋敷に来させたのは、浪士たちをおびき寄せるためでしかない。そんな、幕吏を餌にするような手を平気で使えるくらいには、土方もまた狡猾だ。
民間人を巻き込まないだけまだマシだろう――目の前の敵を斬り捨てながら土方が内心独り言ちたとき、
「――ここまでとは、残念だ」
騒然とした場にそぐわない静かな声が耳に届いた。背後の襖、その向こうからだ。
「なにもできぬ貴様らには、我らの大儀がわからぬようだ」
「オイオイ、大儀ってなァいつからくだらねー言い訳に成り下がったんだ?」
返す、苛立ちが垣間見える軽口は、銀時のものだ。覗き見れば、ひとりの風格ある浪士と対峙しているのは果たして銀時だった。
ふたりのその足許には、片手では足りないほどの骸が転がっている。だというのに、その空間だけ戦場から切り取られたかのように、静かで張りつめた空気が満ちていた。
浪士がやれやれ、とばかりに頭を振る。
「幕府などに尾を振る貴様には、この国の死にかけている姿が見えぬらしいな」
「っつったってよォ、今さら幕府倒したところで、どーなるんだっつー話だろ」
「やってみなければわからん!」
「――わかるまであとどんだけ殺すつもりだてめーら」
声を荒げた男とは対照的に、銀時の声は地を這うように低く落とされた。
「先月のテロで十八人。今月の千代田で七人、ターミナルで十人――」
淡々と――だが怒りを滲ませながら、銀時が数字をあげていく。
その数は、土方の記憶にも刻まれている。だからこそ、普段さらりとしか書類に目を通していない銀時が正確に数字を把握していることに驚いた。
それは、攘夷テロに巻き込まれ、命を落とした民間人の数だ。
「――今日ので何人死んだ? ただそこに居合わせただけの人間が」
「大事にあたり犠牲はつきものだ!」
男が気勢をあげると同時に背後の襖が開き、殺気立った浪士たちが姿を現した。銀時が取り囲まれたのを見て、思わず土方も部屋に飛び込む。
「かかれ!」
男の号令が飛び、乱戦となった。
斬り合い、荒ぐ空気の中、銀時の淡々とした声が耳に届く。
「ご高説のたまおうが、てめーらはただの人殺しだ」
「黙れ! 貴様が――」
男の言葉はそこで途絶えた。
白刃が鈍く光を弾く。
肉を絶つ音。
一面を染め上げる赤――それらは一瞬で終わった。
多数の屍の中、返り血を浴びた銀時の姿が目に焼きつく。
がくりと膝をつき倒れ込んだ男が、何か――土方に見えない何かに救いを求めるように、手を伸ばした。
「あとは頼みます、桂さん――!」
断末魔の言葉に、土方は愕然とした。
――桂。
桂小太郎――数多いる攘夷志士の中でも、知名度も危険度も上位クラスのテロリストだ。
「てめェ、桂とつながってんのか! 言え! 奴はどこにいる!」
土方は倒れた男を乱暴に引き起こした。だが、胸座を掴み揺さぶったところで、男が事切れているのは一目瞭然だった。思わずチ、と舌打ちする。
「至急、山崎にこいつら洗わせなきゃなんねェな」
忌々しさを隠すことなく振り仰ぐと、刀をさげた銀時が硬直したかのように立ち尽くしていた。その姿に土方の眉根が寄る。
「オイ、坂田。どうし――」
言いさして、土方の体が固まった。ぞわりと全身が総毛立ったのは、本能的な恐怖からだろう。ゆるりと銀時が顔をあげる。血の赤に染まった銀髪のあいだから、それよりも深く暗い赤が土方を射抜いた。その眼に気圧されそうになるのを、ぐっと奥歯を噛み締めこらえる。
誰だこいつは――そんな馬鹿げた不安が広がる思考に、ふとひとつの言葉が浮かび上がった。
――白夜叉。
かつて戦場を駆け、幾多もの屍を築きあげたという、攘夷戦争における伝説の武神。
山崎に銀時の過去を探らせたとき、「噂」として拾ってきたのが、その武神の名だった。
聞いた瞬間、土方はそれが銀時だと直感した。山崎ももしかしたら、と思ったのだろう、報告したものの「飽くまでも、そういう人がいたっていう噂ですけどね、噂です噂」と、何度も念を押していた。
その異名を持つ過去に舞い戻り捕らわれているかのような、感情のない顔に、えも言われぬ恐怖を掻き立てられる。
心の内を押し殺しながら冥い双眸と対峙していると、ず、と床が震えた。ハッと周囲に意識を向けたと同時に、再び大きな爆発が連続して起きる。
最初から仕掛けていたのか、それとも最期を悟って仕掛けたのか、それは屋敷を崩壊させるほどの威力だった。土方たちがいる奥座敷も揺れ、天井が崩れ落ち始める。
「退避! 総員退避しろ!」
轟々と響く屋敷の鳴動に掻き消されぬよう声を張りあげる。その土方の横で、銀時は微動だにしない。
「おめーもだよ!」
先ほどまでの感情をかなぐり捨て、銀時の腕を掴んだ。振り払われるかと思ったが、銀時はさせるがままだった。
退避、と繰り返しながら、銀時の腕を引いて自分たちも崩れる屋敷の中を駆けた。庭に踊り出るとそこには既に隊士たちが揃っていた。現れた土方と銀時を見て、皆一様に安堵の息を落としている。
「店の人たちも幕吏も南斗加星の方たちも、全員ご無事です」
報告を受け、土方は新しい煙草を銜えた。全員無事、ということは、土方たちの任務は無事遂行されたということだ。屋敷の被害額に少々痛んだ頭も、それで少しは報われる。
「負傷者の手当てと、こっちの被害状況の把握を急げ」
「あの、副長、屋敷内の浪士たちは――」
「……必要ねェよ」
捕縛されて庭に転がっている浪士を数え、土方はため息まじりに返す。残りは全員、土方と銀時が――否、ほとんどを銀時が斬り伏せた。
隣の銀髪を見やる。その男は先ほどの浪士との会話以来、何かを拒むかのように反応を返さなくなった。まるで心を閉ざし、外との関わりを断ったかのように。
――桂の名前が出たからか。
白夜叉と桂は攘夷戦争の盟友だと山崎は言っていた。その桂の名前を出され、動揺しているのか。かつて共に戦場を駆けた友と己との立ち位置の差を、改めて思い知ったとでも言うのか。
――今さらそれがなんだってんだよ。
土方は心の内で苦々しく吐き捨てた。
確かに、銀時の過去が判然としないのは癇に障るし、いずれ暴きたいとも思っている。だが、それがどーした、と切り捨てたがっている自分がいるのも事実だ。
たとえかつて攘夷戦争に身を投じていたとして、今の銀時が幕府を倒して世界を変えよう、などという不穏なことを考えていないのは、一緒にいてすぐに知れた。先の言葉で、無差別なテロ行為を起こす攘夷浪士たちを快く思っていないことも。
ならば――過去がなんだというのだろう。
少なくとも今は、かつての仲間たちと袂を分かち、不逞浪士を取り締まる側に身を置いている。
いつか攘夷志士たちの手を取るようなときが来たとしても、少なくとも今は。
――だから。
戻って来い、と、強く思った。
過去から、こちらへ――今へ。
それだけを思い、土方は再び腕を取ると銀時を引きずり――池に叩き落とした。
「なにしてんですか副長ォォォォ!?」
勢い良くあがった水音と飛沫に、山崎の狼狽した悲鳴が重なる。周囲の隊士たちがぎょっと目を剥いているのが気配でわかったが、土方はそれを無視して煙草をふかした。銀時が水面に現れるまでの数秒、それがとても長く感じられた。
「ちょォォオ! いきなりなにすんだお前はァァァ!」
ざば、と立ちあがった銀時が、怒りもあらわに叫ぶ。いつもの反応だ。感情が――心が戻った銀時のその姿に、土方は内心安堵の息をついた。そんな心中の動きを隠すように、ことさら馬鹿にした笑みを作る。
「おー、キレーに返り血落ちたじゃねーか。良かった良かった」
「良くねーよ! やることが極端すぎんだよおめーはよ!!」
ざばざばと淵まで寄ってきた銀時を見下ろし、土方はその顔に煙を吹きつけた。
「あんなツラで帰ったらガキどもが心配すんだろーがバーカ」
土方の言う「ガキども」とは、神楽と、彼女同様銀時が連れてきた志村新八のことだ。はっきりと態度に表すことはないが、銀時が彼らを大事に思っていることは窺い知れた。
そのふたりをダシに、本音を煙に巻いて告げると、ややして銀時の口から深いため息が落とされた。
「――このずぶ濡れ状態も充分心配かけると思うんですけどォ。どーしてくれんですかコレー、いったいー」
いつもの飄々とした調子に、自然、土方の口の端があがる。
「おめーが足滑らせて池に落ちるくれェ、想定内だろ」
「足滑らせてないから! どっかの誰かさんに突き落とされただけだから、コレ!」
「避けもしねーで、な?」
してやったり、とばかりににやりと笑えば、銀時が心底悔しそうな顔をする。その表情に、ざまァみろ、と溜飲をさげていると、急に土方の体が傾いだ。
銀時に腕を取られ引かれたのだ、と気づいたときには既に遅く、土方もまた――水の中に落ちていた。
「てめェ、なにしやがんだ!」
ざばりと起きあがれば、そこで土方を待っていたのは小馬鹿にしたような銀時の笑みだった。
「埃が落ちて良かったじゃねーか。キレーキレー」
「んだその言い種は! あァ!? ガキの仕返しか! アホか!!」
「てめーがガキみてーなことすっからだろーが!! 幾つだお前、水遊びが楽しいお年頃ですかコノヤロー!」
腿まで水につかりながら水を掛け合い、罵り合っていると、
「ふたり揃ってなにやってんでィ。いい年してはしゃいでんじゃねーや、気持ち悪りィ」
頭上から冷淡な声を投げかけられた。
顔を向ければ、沖田が呆れ果てたと言わんばかりの目で土方たちを見ていた。他の隊士たちも同様の顔である。
「それはこいつが――!」
気恥ずかしさから相手をなじる言葉は、綺麗に揃った。