其ノ参「残月」 03



外に漏れぬよう細く落とされた灯りが、おぼろに室内の様子を浮かびあがらせている。
集う男たちは、ややもすれば闇に紛れそうになりながら顔を突き合わせ、座していた。

薄明かりのなか、ぼそぼそと交わされる声にはどこか愉悦が滲んでいる。

――アイツらを出し抜いてやった。
――数日後には、自分たちの行動によって世界中が驚き返るだろう。

そんな優越感から、どの顔にも知らず笑みが浮んでいた。

来るか来ないか。そんなことを対象に、賭けを行っている声もする。
どっちでも構いやしねェよ――男たちはどっと笑った。
どちらでもいいのだ。どちらでも、あの忌まわしい連中の鼻をあかすことになるのだから。

油断は禁物ですよ――部屋の隅から穏やかな声がやんわりと場を諌めたとき。

「どーもー、遅くなりましたー」

カラリと襖が開き、暢気な声が室内に落とされた。

――どうにも場違いな調子だ。

そう男たちの誰もが思い、声の方へと目を向けた瞬間――室内をまばゆい灯りが満たした。

否、それはただ室内灯が灯されただけだ。だが、闇に溶け込みかけていた男たちには、目も眩むほどまぶしく感じられた。

光に視界を奪われたなか、

「ハイ、どーもー。御用改めでーす」
「神妙に討ちとられろィ」
「…名乗りは正確にあげろっつってんだろーが」

聞こえた三者三様の言葉に、男たちは一拍の間ののち――みっともなく狼狽えた。


* * *


物騒な顔つきの男たちが揃った尾海屋の座敷を見回し、銀時は深々とため息を落とした。

「ホントにいやがったよ、マジいやがったよ。なんでいんだよ、どんな嫌がらせだよ、ありえねー。いたからにゃあ仕事しなきゃなんねーだろうがチクショー。だってこの人仕事の鬼なんだもん、めっちゃ楽しそうなんだもん。つーか楽しもうって、そーいうこったろうとは思ってたけど、ちょっとくらい期待したっていいじゃん、だって男の子だもん」

ぶちぶちと恨みがましくこぼす銀時を、沖田が呆れたように見やる。

「旦那は楽しみだったかもしれやせんがね、こちとら時間外労働でうんざりしてんでさァ。ムカつくんで時間外手当はきっちり出してもらいますぜ土方コノヤロー」
「勤務時間内だバカヤロー。もともとてめーは夜勤じゃねーか今日」

矛先を向けられた土方が顔をしかめる。このくだらない会話を断ち切るように、座敷の中で身構えている男たちへ切っ先を向けた。

「御用改めである。神妙にお縄につけ」

土方の名乗りに呼応するように、廊下側の襖が全て開いた。そこには一番隊の隊士たちがずらりと並んでいる。

言いなおすあたりが律儀すぎる――銀時はいっそ感心すら覚えながら刀を抜いた。



気づいたのは土方だった。
名簿の一番下に引かれた斜線、そこには一週間前に店を辞めた丁稚の名前が書かれていた。郷里の親が病の床に倒れたので、看病のために郷に戻った――そんな理由と併せて。

だが、念のためと土方が確認させたところ、丁稚が郷里に戻った形跡がない。それどころか書かれていた郷里の住所すら存在しなかった。

――引き込み役か。

主たちと伊勢参りに行く訳にもいかず、かといって丁稚がひとり店に残るような手立てもなく、店を辞めたのだろう。恐らく事前に合鍵のひとつも作って、無人となった店に引き入れるために――そう土方が推測し来てみれば、本当にその通りだったのだ。

不穏な空気をまとった男たちが顔を突き合わせていた光景に、銀時はマジでかよ――と呆れると同時に、なんだかしてやられたような薄気味の悪さを覚えた。

できすぎている――ような気がする。



隊士の姿を認めると男たちは喚声をあげ、剣を振りかざして斬りかかってきた。その数は二十あまり。
一番隊の他に三番隊も伴い外を張らせているが、二隊も連れてくることはなかったか、と銀時は向けられる刃をかわしながら思った。

獰猛な気配が入り乱れ、そこここから刀を切り結ぶ音が響くなか、

「やっぱり引き込みだったか」

土方の淡々とした声が背後から聞こえた。

浪士の刀を受け流しながら視線だけ向ければ、土方の目は一際年若い少年を捉えている。

これが店を辞めた丁稚か、と土方の視線に怯えている少年をなんの感慨もなく眺めたとき。

「――やはり、思った通りの方だ」

土方の言葉に対してだろう、嬉しそうな色を帯びた男の声がした。

声の方を見れば、丁稚だった少年の後ろに、学者然とした男が薄っすらと笑みを浮かべて佇んでいる。その風体は、この荒々しい斬り合いの空気からひとり浮いていた。

だが、場にそぐわしくない男のたたずまい以上に、その表情に薄ら寒さを感じる。

この場で、そしてこの状況で笑えるのか――嫌な予感を覚え、銀時は眉をひそめた。

そもそも丁稚は店を辞めなくてもよかったのではないか――銀時が引っかかり、土方が曖昧に濁した疑問がふいと浮上する。

合鍵を作ったのならそれを渡し、自分は何食わぬ顔で伊勢に同行すればよかったのではないか。そうすれば土方が疑問を抱くことも、銀時たちがこうしてここに来ることもなかったのだ。

――罠だろうがなんだろうが、可能性があんなら行くしかねェだろ。

罠である可能性も想定していたのだろう、目を伏せながら答えた土方の言葉が脳裏に蘇る。

胸騒ぎがした。

目の前の浪士を斬り捨て、銀時はその学者然とした男を抑えようと体ごと後ろを向いた。この男が首謀者だというのは直感的にわかった。何かを仕出かすなら、起点となるのはこの男だろう。

振り向いた銀時の目に、別の男の刀を受けている土方の背中が映る。

男がいない――視線を外したわずかな隙に見失ってしまった男の姿は、土方の傍らからするりと現れた。

一瞬息を飲んだ銀時の刀が届くより先に、笑んだまま男がすうと手を動かす。手にした小瓶から、霧のようなものを土方に噴きつけた。

途端、土方の体ががくりと沈んだ。

驚き目を瞠る銀時の前で、その体が笑みを浮かべた男に抱えられる。

「――ご安心を。天人製の薬で眠っていただいただけです。害はありません」

銀時に目を向け、男が言う。

咄嗟に反応できずにいた銀時が動くより早く、男の横に立つ浪士が土方の首許に刀を突きつけた。

「動くな!」

だみ声が座敷に響き渡り、全員の動きを止めた。全ての視線が集まる。その光景に、隊士たちが息を呑むのがわかった。

それを感じたのだろう、浪士たちのあいだに勝ち誇ったような空気が流れる。

一気に立場が逆転した――銀時は内心ほぞを噛んだ。

「さあ、そこを通してください」

土方を捕らえる男がいっそ穏やかなまでに言う。ふざけるな、と銀時は刀を向けた。

男との距離を測り、土方に突きつけられた刀の近さを苦々しく思っていると、でも、と男が小首をかしげる。

「貴方には手を出せない――そうでしょう?副長さん」

図星を指す男の言葉に、銀時はぎり、と歯噛みした。

土方に意識があったなら、構わず全員討ちとれ――そう言っただろう。

そして、自分の立場ではそう判断をくださなければならないのだろう――盾に取られたのが誰であっても。

だが、頭では――理屈ではわかっていても、言えるはずがない。それを返せ、と胸中で喚き散らしている言葉を飲み込むのが精々だ。

銀時の代わりに口を開いたのは沖田だった。

「わざわざソレ連れてくのは勝手だけどな、おめーらの狙いはなんでい。なんでここでソイツの首を取らねーんだ」

淡々と投げかける声からは感情が読み取れない。恐らく表情ひとつ変えていないだろう沖田に目を向け、男がゆるりと首を振る。

「無駄な血を流したくはないのですよ」
「どの口がソレ言いやがんだ」
「我々が望むのは無血開城――」

馬鹿にするかのような口調の沖田に、笑んだまま男が返したのは、想像だにしなかった言葉だった。
呆気に取られる隊士たちを見回した目が、ひたりと銀時に据えられる。

「おとなしく城を明け渡し、全ての権限を放棄していただきたい――お飾りの将軍にそうお伝えください。貴方のお気に入りの命が惜しくば、とね」
「アホか。だったらもっと適切な奴に伝えさせろ。俺たちが伝令務まる相手じゃねーっつの」

男のふざけた要求に、銀時は盛大に顔をしかめた。

たとえ、土方が将軍の寵を受けている、などという噂が事実だったとしても、そんなことくらいで通る話でもあるまいに。

何を世迷い言を――と睨みつける銀時に、けれど男は笑みを絶やさない。

「適任だと思うからこそ、こうしてご足労願ったんですよ」

土方の喉許を撫であげ、男がうっそりと笑う。その光景と言葉の両方に苛立ち、銀時は思わず舌打ちした。

やはり、裏の裏をかいたつもりが、さらに裏返されていたか。最初から、こうして土方の身を捕らえるために、仕組まれていたのだろう。

「一日だけ、猶予を差しあげます、よくお考えになることです」

土方を盾に、浪士たちは悠々と座敷をあとにする。

隊士たちはじりじりと間合いを測りながらも、動けずにいた。

「明後日――色よい返事を期待していますよ」

それでは、とその姿が廊下に消えても、座敷の中には緊迫した空気が残されていた。

「坂田副長、土方副長が――!」

ややして乱暴な足音を響かせ、外を囲んでいた三番隊が駆け込んできた。

隊士たちの縋るような目が銀時に集まる。それを感じても刀を握り締めたまま歯を食いしばっていると、斜め下から冷静な声が届いた。

「――旦那、指示をくだしなせェ」

指揮官はアンタなんですぜ、と沖田が声音と同じ温度の双眸を向けてよこす。

言外にしっかりしろ、と諌められ、銀時は大きく息をついた。

「屯所に知らせて今すぐ緊急配備をかけさせろ。一番隊と三番隊は、奴らの足取りを追え」
「あいよ」

銀時の号令に、二隊の隊士たちは座敷を飛び出した。その姿を見送り、ようやく刀を納める。

どこか現実を放棄したがっている思考を叱咤し、拳を握り締めた。

捕らえられた者がどんな目に遭うか、知らない訳ではない。早く――早くしなければ。

脳裏に浮かぶ嫌な想像を振り切るように、銀時も夜の町へと駆け出した。

(10/11/13)



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