其ノ参「残月」 11



下から隊士たちが浪士たちを引き立てる声がする。
それを聞きながら、土方は甲板に座り込んでいた。連行など、いちいち指示を出す必要もないだろう。

銀時と高杉との決着がどうなったのか――気になりはしたが、足が動かなかった。

桂同様、高杉もまた攘夷戦争時代の盟友だと知っている。そんな、浅からぬ縁の相手と対峙する銀時の姿を見るのが、酷く厭だった。

それは、他の――たとえば川南たちのような浪士たちと相対するよりも、強く銀時の過去を感じるからだと、自分でわかっていた。

知らぬ存ぜぬを通しているという建前上の理由でも、白夜叉という存在を見せつけられるのが不快なのでもない。

「白夜叉」という過去に捕らわれる銀時を見るのが、厭なのだ――どうしようもなく。

そんな心情を我ながら情けないと自嘲していると、あーもー、と頓狂な声をあげながら銀時が甲板に現れた。

「ムカつくー!あいつムカつくマジムカつく!ちょっともうコレどーしたらいい、俺のこのやり場のないムカつき!チクショー、土方君どーにかしてくんね!?」

突然向けられた矛先に呆れ、どーしろっつーんだよ、と返しながらも、いつもの銀時だ、とどこかホッとした。

「――まったく、ムカつくだけの顛末だな」
「ったくよォ、だーからあんなふざけたデマ流すんじゃねーっつったろーが」

どさりと土方の背にもたれるように座り込み、銀時が恨めしげな声をあげる。知るか、と土方はため息まじりに返した。

「広めさせたのは俺だが、もともと俺が言い出したネタじゃねェ。文句を言われる筋はねェな」

実際、山崎が不逞浪士たちのあいだで囁かれている話だ、と拾ってきた風説だ。土方はそれを利用したにすぎない。

「そんなくだんねー噂話に食いつく方がバカなんだよ」
「俺のとっておきのネタはそっこーで握りつぶしといてよく言うわ」

呆れたように銀時が言う。

とっておきのネタ――思い出して土方は盛大に顔をしかめた。



曰く。
真選組副長・坂田銀時は、かつて攘夷戦争でその名を轟かせた白夜叉である――。



「――アホか」

あのときの騒動を思い返し、土方は忌々しく吐き捨てた。



攘夷浪士たちの情報撹乱に対する手段のひとつ――というより実験に近いものがある――として、ネットを利用したらどうだ、と進言してきたのは新八だった。

丁度、一般市民によって作られたファンフォーラムがあり、それを見つけたのだという。

使えれば儲けもの――そのくらいの気持ちで管理人に話をつけ、情報に関してのみ操作の権限を譲り受けたのは、それからすぐのことだ。

結果として、土方に狙いが集まるような噂を広めるのにも一役買い、人気投票だののふざけたことに目を瞑れるくらいには有効だった。

意外に使える――あのネタが投下されるまでそう思っていたのは、土方だけではなかっただろう。

だからこそ、一般投稿から「白夜叉」だのというそんなネタが投下されて、肝を冷やしたのだ。

すぐにそのネタを書き込んだのが銀時本人だと知れたが、自由な情報投稿の危険性を思い知った。今回は本人によるものだったが、悪意ある者が利用しないとも限らないのだ。

そうなるとフォーラム自体放置しておく訳にはいかなくなり、おかげで慌てて「隊内で男色流行疑惑」などというふざけたネタを捏造し、投下する羽目になった。

それに対して忠告が入った――という、閉鎖に至る口実を作り上げるために。

もっとも、土方たちが介入したフォーラムは閉鎖というかたちを取ったが、それは表向きのことで、地下にもぐるようにして新たな場所で今でもひっそりと続けられているという。



「てめーで爆弾落とすよーな真似してんじゃねーよ」

狙いを分散させようとした、という目的を理解した上でふざけるな、と土方が睨みつけると、銀時は悪びれるでもなく肩を竦めた。

「べつに隠してるワケじゃねーもん」
「嘘つけ。思いっきり隠してたじゃねーか。あと、もん、とか言うな、いい年して」
「土方君に知られたくなかっただけですー」

最後の苦言は無視して、銀時がおどけたような声を出す。

「同じじゃねーか」

何がどう違うというのか。
土方が目を眇めると、全然違ェよ、と銀時は土方の肩に頭を乗せた。

「だっておめー、あンとき知ってたら、もうぜってェ俺のこと受け入れなかっただろ?あ、もうこいつダメだ、ダメダメだ、っつって存在抹消して、俺にこーいうことさせてくれなかっただろーが」

だから当分知られたくなかったんだよ、と銀時が猫のように頭をすり寄せる。
頬に触れるふわふわとした髪をくすぐったく思いながら、まァな、と土方はあっさり認めた。

あンとき、とは、土方が銀時の不透明な過去を訝り、信用しきれていなかったころのことだろう。

確かに、銀時を懐疑の目で見ていたときにそんなことを知っていたら、少なくとも真選組から放逐――下手をすれば斬っていただろうと自分でも思う。正直、こうして受け止められる現状の方が、おかしいくらいなのだ。

では何故、今はこうして受け止めることができるのか――突き詰めてしまうと自分に分が悪い気がして、土方は舌打ちとともにその話を打ち切った。

「――そういやおめーら、オモシロおかしく編成変えてくれやがったが、近藤さんはどうなってんだ?」

ふと気にかかったことを思い出して訊ねると、途端銀時はむ、とふて腐れた。なんだそのツラは、と睨めつけると、むくれたまま「あいつはノーチェンジ」とつまらなそうに吐き捨てる。

「は?ってことは、局長のまんまなんだな?」
「さすがに『局長』を変えるワケにも一旦無くすワケにもいかねーだろ。だからあいつだけ変更なしで、屯所に置いてきた」

めちゃめちゃ悔しがってたぜーざまァみろ、などと失礼なことを言う銀時を睨みつけたものの、その内容には胸を撫でおろした。

「――そうか」

安堵の息とともに呟くと、ギッと銀時の眇めた目が返ってくる。

「言っとくけどなァ、べつにゴリラのためでも真選組のためでもねーからな!」

勘違いすんじゃねーぞ、と続ける銀時に、いきなり何を、と眉をひそめる。
なにが言いてェ、と呆れて問えば、銀時はふて腐れた顔でそっぽを向いた。

「…おめーが、あんなデマ流してまで護りてェっつーなら、しょーがねェだろ。めちゃめちゃ気に食わねェけど、しょーがねェだろ」

でもゴリラのためじゃねーからな、と念を押してくる。
要は土方のためだということだろう。思い至り、土方は言葉につまった。

「…そーかい」

結局四度同じ言葉で濁すと、銀時は、だあああ、とため息まじりの奇声をあげ、疲れたようにがっくりとうなだれた。

「もーマジ二度と御免だぞこんなこたァ。俺ァ頭使うの苦手なんだよ、煙噴き出るかと思ったっつーの。脳みそ溶けて流れてね?大丈夫?俺の脳みそ」
「そうか?おめーならぜってーココに来ると思ってたぜ?」

たったひとつ自分をとどめていた灯火を、そうとは気取られないよう軽い調子で口にする。

きょとと目を丸くした銀時が、次いで盛大に顔をしかめた。その目許がわずかに赤らんでいる。

「――ンな可愛いセリフでごまかされてやんのも二度目はねーぞ!」

そんな表情で怒鳴る銀時に一瞬気圧され、何を言われたか理解すると思わず噴き出した。

今回はごまかされてくれるらしい。

ありがとよ――笑いを堪えて言うと、銀時は悔しそうに歯噛みした。

(10/11/21)



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