其ノ陸「反転」 02
かぶき町へと足を運んだ神楽は、真っ直ぐにスナックお登勢を訪れた。
「スナックにタダ飯食いに来やがるたァ――」
アイツそっくりだよ――呆れたようにそんなことを言いながらも、お登勢は山盛りの丼ご飯を差し出してくれる。
お登勢が言うアイツ、とは銀時のことだ。ここが銀時にとってもうひとつのホームグラウンドなのは、神楽も知っている。
単身、故郷の星から地球へとやって来た神楽が、銀時と新八に初めて出会ったのは、もう一年近く前のことになる。偶然出会い、妙な縁で助けられたのだ。
神楽が地球に頼るべき身寄りなど居ないと知ると、銀時は神楽をお登勢に預けようとした。それを断ったのは、銀時の傍にいた方が面白そうだ、と勘が告げたからだ。
だから神楽は、無理矢理――というより半ば脅して、銀時や新八と共に真選組の門をくぐった。
だが、真選組に身を置いたものの、そのとき生じたお登勢との関わりは、切れることがなかった。お登勢が神楽を気に掛けてくれていたらしい。銀時と一緒にこの店に来ることもあれば、神楽ひとりで訪れることもあった。
そうしていつのまにか、神楽にとってもここが――この店とかぶき町が、もうひとつのホームグラウンドになっていたのだ。非番のときによく遊ぶ友達もできた。
もっとも、お登勢は神楽を気に掛けてくれているらしいが、同じくらい神楽が訪れるたびに平らげる食事の量に、げんなりしているらしい。
今も、たくあんをおかずに白米をかっ込む神楽を見て、思い切り顔をしかめている。
「バーさん、銀ちゃん最近来たアルか?」
空になった丼を置いて訊ねると、お登勢は、いや、とかぶりを振った。
「ひと月くらい前に滞納分の家賃を払いに来たがね」
それから見かけてもいないねェ――煙草の煙を吐きながら、お登勢は言う。
そこには隠し事も心配そうな素振りも見受けられず、神楽はそーか、とだけ返した。
真選組を辞めた銀時が戻ってきているかも、という小さな期待が外れたことにガッカリはしたが、予想どおりだとも思う。
やはり――何かが変で、引っかかる。
山盛りの白米で腹ごしらえを済ませると、神楽は「遊びに行ってくる!」とお登勢の店を飛び出した。気をつけるんだよ、と背中にかけられた声に、小さく笑みをこぼす。
まずは情報収集だ、と神楽は向かう先を決めた。
よく一緒に遊ぶガキども――神楽と同年代だが――に聞き込みでもするか、とその姿を探す。
真っ直ぐ公園に向かえば、思ったとおり、脳裏に描いた姿があった。だが、駆け寄りかけて――ふと神楽は速度を緩めた。
ガキども――神楽と同年代の男の子たちだ――が、ブランコに腰かけた少女を取り囲んでいる。縄張り、だの、上納、だの言うセリフが聞こえてくるあたり、ちんけなカツアゲでもしているのだろう。
やっぱりガキアルな――神楽は呆れ果てながら、その背後に近寄った。
「なにしてるアルか、お前ら。ナンパか?ナンパアルか、このマセガキが!下の毛も生えてないクセにナンパなんて百年早いアル!!」
状況を無視して叫べば、途端に全員の視線が神楽に集まった。
少女に難癖をつけていたずんぐりとした少年――よっちゃんという――は、ちげーよバカ!と顔を赤くして喚いたが、神楽はフン、と鼻であしらう。
「違うってどっちがネ。ナンパか?毛か?生えてんのかおめー、あァん?」
見せてみろや!、などと掴みかかろうとすれば、よっちゃんはギャア、と悲鳴をあげた。
「ふざけんなバカ!バカ神楽!バカ!!」
「チクショー!覚えてろォォォ!」
そんな捨てゼリフを吐くと、半袴を押さえながらよっちゃんたちが駆け出す。
逃げて行く背中に、当初の目的を思い出して声をかけた。
「あ、お前ら銀ちゃん見なかったアルかー?」
知らねーよ!と返ってきた答えに、神楽はため息をこぼした。
最初からガキはあてにしてないネ、などと独り言ちたものの、はっきり言って落胆していた。
よっちゃんたちはかぶき町内を駆け回って遊んでいる。そのよっちゃんたちが、目立つ銀髪を見てない、というのなら、もしかして銀時はかぶき町に居ないのだろうか。
そんなことを考えていたら、不意に視線を感じた。見れば、少女がぽかんとした顔で神楽を見つめている。
「…今のがナンパなのでしょうか?」
そんなたわけたことを言い、少女がこてん、と首をかしげる。
オイオイ、と神楽は内心呆れた。
「違うアルヨ。今のはカツアゲアル。お嬢さん、カモられてたネ」
「鴨?」
ぱたぱたと両手を動かした少女に、違うアルヨ、と神楽は一層呆れ果てる。
鳥じゃ、ない。
「…ともあれ、助けていただいたのですね、ありがとうございます。私、城下のことがよくわからなくて…」
城下、というひと言に、嫌な予感がした。少女と同じようにブランコに腰をおろし、その顔を覗きこむ。
見れば見るほど、少女のその顔立ちも着物も佇まいも、何もかもが一般人とは一線を画しているように見え、神楽は首をかしげた。
「お嬢さん、どこから来たアルか?」
薄々勘づきながらも神楽が訊ねれば、少女はすい、と手を動かした。
あそこからです――と遠くに見える江戸城を指し示す。
やっぱそーかい!と誰にともなくツッコミたくなり、神楽はブランコの鎖をグッと握り締めた。
確か将ちゃんこと現将軍・徳川茂茂には神楽くらいの年の妹がいるのだと、松平が言っていた――気がする。ならばこの少女がそうなのだろう。
何故お姫さんがこんなところに――と神楽が訝しんでいると、少女はふ、と疲れたような悲しげな笑みを浮かべた。
「どうしても一度、自由を味わってみたくて…つい逃げ出してきてしまいました」
ぽつりとこぼし、ため息を落とす。
その表情が、つい先ほど見た男のものと重なり、神楽は一瞬、言葉を呑んだ。
――おめーも気ィつけろよ
神楽に用心するようそう告げた土方の声が蘇る。
少女かどわかし事件の被害者は、神楽と同年代の少女ばかりだ。この姫君もしっかりと対象に入っている。
よりによって城下でこんな事件が起きているときに城を抜け出さなくてもいいだろう、と呆れ返るしかない。こんな事件が起きているときに姫を野放しにするなんて、城の中はどうなってるんだ、とも思う。
だが、自由を味わってみたかった、という言葉と少女の表情に、神楽は胸を衝かれた。
神楽と同年代だろうこの少女に、今まで自由というものがなかったのだ、という事実がなんだか悲しくて、何でもしてあげたいという気持ちになる。
仕方ない、銀時の検索は後回しだ――神楽はそう決めると、少女に笑いかけた。
「なら、気が済むまで楽しめばいいアル」
「え?」
「お嬢さんツイてるネ。私、今日一日オフアル。だから、一緒に遊ぼうヨ」
目を丸くする少女に、にっかりと笑って言う。
少女はぱちりと瞬いたのち、ハイ、と破顔した。
「よろしくお願いします。…えーと…」
「かぶき町の女王・神楽ちゃんとは私のことアル」
「女王さん、ですね」
少女――姫君は「そよ」と名乗った。
うん、と神楽はうなずき、そよの手を取った。
「行こう、そよちゃん!」
少女かどわかし事件が横行している以上、放ってはおけない。
自分が真選組に属しているから、というより、神楽生来の気質から、そう思う。
だから、今日はこのお姫さんに付き合おうと決めた。一緒に居て護ってあげればいいだけのことだとあっさり結論づける。
そして――一緒に居た方がいい、と、神楽の勘が、告げていた。
* * *
かぶき町の色んな場所を案内した。
それは主に神楽が銀時から教えてもらった場所で、行く先々で銀時の影を探してしまい、なんだかそよに申し訳なくなる。
けれどそよは楽しんでくれているようで、とてもよく笑っていた。
「少し、喉が渇きました」
「それじゃあ、美味しい団子屋さんに行こう! お茶と団子でまったりするアル」
そう決めると、神楽はそよの手を引いて路地へと足を踏み入れた。この路地裏を通れば、店への近道になる。
疲れが見えているそよに、あまり遠回りをさせたくない、という思いで細い路を進み――神楽はげんなりとした。
一体いつからつけていたのか、神楽たちを窺う数人の気配がぴったりと後をついている。
先手必勝でシメるか――そんな物騒なことを考えていたら、突然目の前に男がひとり、降り立った。左右に並ぶ建物の屋根から飛び降りたのだろう、神楽たちの行く手を遮るように立ちふさがる。
「お嬢ちゃんたち、どこ行くの〜ぉ?」
にやにやと笑う男の軽薄な顔に、神楽は思い切り顔をしかめた。
その間に、背後の気配が近づいて来ているのがまた、鬱陶しい。
す、と足を後ろに滑らせて移動し、横の壁と神楽とでそよを隠すようにする。神楽の動きに従ったそよが「女王さん」と神楽の肩をつついた。
「…コレがナンパですか?」
「違うネ。コレはロリコンの変質者アル。変態アル。近寄っちゃダメアルよ、変態が移るアル」
神楽がじとりと男を睨みつけながら返すと、男は「ひどいなァ〜」などとケラケラ笑った。
その笑い声すら鬱陶しい、と思っていると、つけてきていた気配が追いついたらしい、男が「ロリコンの変態って言われた〜」と、そちらに声をかける。
「まァ、そう言われても仕方ねーわなァ」
「でもロリコンなのは俺らじゃなくて、買い手だろ〜ぉ?なんか俺、すっごい心外〜」
「そーいう注文なんだ、文句言うなって」
「そーそー。あと四人、頑張って捕まえましょー」
合流した四人ばかりの男とそんなふざけた遣り取りを交わし、爆笑する。
男たちのその会話に、やはりそうか、と神楽は確信した。
こいつらが、少女かどわかし事件の犯人たちだ。先の発言から、男たちに少女を攫うよう命じた者がいるらしいことも、捕まった少女が売り飛ばされることも知れた。
ぐらりと怒りが沸いた。
いっそ捕まってしまうか、とこっそり思う。それも手だ。
捕まった振りをして内部に入れば、攫われたという娘たちを助け出せるかもしれない。ついでにこんな馬鹿どもの組織など捻り潰してやろう、とも思う――もし神楽ひとりだったなら。
だが、今は駄目だ――そよがいる。
そんなもどかしさと頭を煮る怒りとに、神楽がギリと歯噛みしていると、男がねぇねぇ、と気安く声をかけてきた。
「お小遣いあげるからさぁ、おいでよォ〜」
「おとなしくついて来りゃあ、悪いようにはしないよ〜」
「知らないオトコに声かけられてついてくほど尻の軽いオンナじゃないネ。どーしても来てほしいんだったら酢昆布一年分持ってこいヨ」
そよを背中に庇ったまま、武器である傘を構える。
神楽の言葉と動きに男たちは目を丸くし、一斉に噴き出した。
「一年分って、どんくらいだァ?」
「一日ひと箱計算でいいのかなァ?」
どうやら男たちは、神楽の素性――真選組の隊長であることや夜兎族であることを知らないらしい。単なる子供の悪あがきとでも思っているのだろう、へらへらと笑っている。
好都合だと神楽はにんまり笑った。
「安く見るんじゃないネ、私は一日五箱は食べるオンナヨ!」
言いざま傘を薙ぐ。
ぐげ、などと潰れた悲鳴をあげて男たちが全員ふっ飛んだ。
「そよちゃん、行くアルよ!」
そよの手を引いて駆け出す。
細い路を折れて突き進み、あともう一度左に曲がり真っ直ぐ進めば団子屋の近くに――大きな通りに出られる、というそのとき。
ざわりととてつもない悪寒が背中を駆け抜け、神楽は咄嗟に振り返った。瞬時にそよと体を入れ替え、傘を掲げて身構える。
その刹那、ガツ、となにかがぶつかる音と衝撃が傘から腕に伝わった。
そのときになって、先ほど感じた悪寒が壮絶な殺気だったことに思い至る。
「誰アルか!」
ザッと力任せに傘を薙ぎ払い、敵対者と対峙し――神楽は驚愕に目を丸くした。
「ぎ――!」
相手の名を叫びかけた神楽を、すう、と眇めた赤い目が射抜く。
「――昔の名は捨てた。殺されたくなきゃあ、不用意に口にすんじゃねェ」
向けられる純粋な殺気に、神楽は押し黙った。
否、脅されなくとも言葉など出てこない。ただ、どうして、という疑問だけが頭の中を占める。
呆然と言葉を失ったまま見つめた先に居たのは、見間違いようもない銀髪の男――銀時だった。
(12/09/15)
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