其ノ陸「反転」 03
無精ひげがまばらに見えるその顔は、底冷えがするほど冷ややかな表情をしていて、なんだか別人のようだと神楽は思った。
着ているものも白の長着だけで、それもまた見慣れない。
総じて違和感がつきまとう姿だが、それでも目の前の男は間違いなく銀時だった。
どうしてこの男が自分に刀を向けるのだろう――。
半ば放心しながら神楽が銀時を見上げていると、その後ろに先ほどの男たちが追いついた気配がした。背後から、でかした、などと銀時へ声をかける。
「さっすがスケロクさん!頼りになる〜ぅ」
「良くやってくれた、スケロク」
スケロク――と、男たちは、銀時をそう呼ぶ。
銀時はこの男たちの仲間なのか、と驚いたが、それ以上に
――変な名前アルナ。
その印象の方が強かった。
神楽が内心呆れていると、それが聞こえたかのように銀時が舌打ちした。もしかしたら銀時自身、変な名前だと自覚があるのだろうか。
だったらそんな妙な名前などつけなければいいのに、などと神楽が場違いにも白けていると、軽薄な笑みを浮かべた男が銀時の横をすり抜け、「も〜」とこれまた軽い口調で神楽の前に足を踏み出した。
「お嬢ちゃんってば乱暴〜。お兄さん、痛かったんだから〜。もう暴れないでね?一緒に来れば、美味しいものいっぱい食べさせたげるからさァ〜」
頭を擦りながらへらりと笑うその顔はやはりどこまでも軽佻浮薄で、神楽はケ、と吐き捨てた。
背中にそよを庇いながら、男たちへと傘を向ける。
銀時はじっと神楽を見据えているだけで、動かない。けれど、もし神楽が逃げようとすれば、再びその刀を向けてくるだろう。
銀時を睨みつけながら神楽が逡巡していると、苛立ったかのように男のひとりが手を伸ばした。ぐい、と乱暴に神楽の腕を掴みあげる。
「オラ、来やがれ!」
「離せヨ、ロリコン!」
「ロリコンじゃねーから!」
力任せに神楽が男の手を振り払う。背後から、きゃ、とそよの悲鳴が小さくあがった。振り返ると、そよもまた別の男に腕を掴まれている。
「そよちゃん!」
「――オイ」
神楽が動くより早く、銀時の冷ややかな声が落とされた。そよを掴んだ男の腕を銀時が掴み、捻りあげる。
「手荒な真似すんじゃねェよ。そっちの娘ェ、豪い金になんだろ?」
放り出すように男を離すと、銀時はそよを顎でしゃくって示した。
途端、男たちが何かを思い出したかのようにハッとして顔を見合わせる。
それを見やり、銀時は口の端をいびつにあげた。
「なんせ将軍様の妹君、そよ姫様だ。一生遊んで暮らして釣りがくらァ」
銀時の言葉に、神楽は顔をしかめた。
こいつらは少女たちをかどわかした犯人だ。それは間違いない。そして、今日のこの一件は、最初からそよが狙いだったのだ。
そよが将軍家の姫と知っていて、連れ去ろうとしている。
金になる、ということは幕府に対して身代金でも要求するのか、それとも――そよも売り飛ばすつもりなのか。
どちらにしても、最低だ。
年端もいかない女の子ばかりを狙っているところからして、犯人が下劣な下衆なことはわかっていたが、より強くそう思う。
「――サイテーアルな」
嫌悪感もあらわに神楽はつぶやいた。だが男たちは悪びれた様子もなくにやにや笑うだけだった。
銀時もまた、いびつに唇を歪めている。
「お姫さん傷つけたくなきゃあ、暴れんじゃねェ」
そよの背後からその両腕を押さえ、銀時は神楽をそう脅した。
神楽が黙って睨みつければ、無言を肯定と受け取ったのだろう、軽薄な男が「それじゃあ行こうね〜」などと能天気な声をあげる。
「どこ連れて行く?」
「えーっとねぇ、この近くに拾参の部屋があってー、そこから伍の裏に抜けれるから、そのまま玖の庫裏でどォ?ふたりくらい、まだまだ余裕だよ〜」
「ダメだって、お姫さんだぞ?壱まで連れて来いって、頭言ってただろ?なんとしても連れてかなきゃ、頭が怒るよ」
「あ、そっか〜」
恐らく、あげられた数字は場所を示しているのだろう――男たちの妙に暢気な会話に耳をそばだてながら、神楽は内心コイツら大丈夫か、などと呆れていた。どうにも馬鹿ばっかりな気がする。
銀時もまた、同じように思ったのだろう、オイ、と男たちに向けて苛立った声をあげた。
「いつまでもこんなトコでモタクサしてんじゃねーよ。さっさと移動しろ」
銀時が怒気を抑えて言えば、男たちはビクリと竦みあがった。
「そ、そうだね!とにかく、拾参の部屋から抜けよう」
軽薄な男がコッチ、と先に立って足を進める。
別の男に再び掴まれそうになり、神楽は腕を振ってその手をかわした。
「気安く触るんじゃねーヨ」
「なら、おとなしくついてきな」
そう言ったのは銀時だった。
見れば、そよの背中を押すようにしながら、銀時が眇めた目を神楽に向けている。
その目を見返し――神楽はおとなしく男のあとを追った。
長屋のような建物の地下を通り、廃墟の裏手から荒れ果てた古寺の脇を抜ける。
地下道や薄暗い道を進み最終的に辿り着いたのは、意外にも立派な屋敷の一角だった。真選組の屯所ほど大きくはないが、それでも充分、豪勢な部類だろう。
古びてはいるが、人が暮らしている気配がする。だとすると、男たちあるいは「頭」とやらは、結構な身分なのかもしれない。
そんな奴らが金目当てに少女たちを攫って売り飛ばそうとしているのか、と思うと神楽はまたぞろ腹が立った。
絶対潰す、と不穏な覚悟を決める。
屋敷では、途中から先遣としてひとり先行していた軽薄な男が、神楽たちを待っていた。
「とりあえず、そこの弐の蔵におふたり様ご案内〜」
そんな気の抜けるような案内によって連れて行かれた先の「弐の蔵」とやらも、白壁の立派なものだった。屯所にも何個かあるアルナ、などと妙な感心をしていると、「どうぞ〜」と中に入るよう促される。
神楽とそよが入ると、ギイ、と軋んだ音をたてて扉が閉められた。がこん、と閂をかけた音もする。
そっと扉に手を触れ、神楽はこれくらいなら破れることを確認した。
ぐるりと中を見回せば、蔵の中――という、薄暗いイメージに反してそこは綺麗なものだった。見れば、壁には窓もある。鉄格子が嵌められているとはいえ外の明かりが入り込み、蔵の中は意外なまでに明るかった。
置かれている物はほとんどなく、中央の床には畳が敷かれている。八帖ほどの、小上がりのような作りだ。
それは、もとから蔵にあったとは思えなかった。もしかしたらそよを閉じ込めるために、わざわざ拵えたのかもしれない。
暗くて汚い場所に閉じ込められるよりは断然マシだが、妙な気遣いを神楽はいっそ馬鹿馬鹿しくすら思った。
だが、この待遇ならそよに危害を加えることはないだろう。それだけは純粋に良かったと思う。
下手に拘束をされずに済んだことも、都合が良い。
「大丈夫、私がそよちゃん護るヨ」
そよとともに畳の上に座ると、神楽は宣言するようそう告げた。
軽薄な男をはじめ、銀時以外の者は大した手錬でないと知れる。もしこの屋敷にもっと多くの者が詰めていたとしても、あの程度の連中など物の数ではない。
問題は銀時だけだ。それが一番問題なのだが――とそこまで考えて、ふと今の状況がおかしいことに気づく。
神楽が夜兎族だと知っている銀時がいるというのに――おかしい。
神楽が思考に沈んでいると、そよは大丈夫です、とふわりと笑った。
「ありがとうございます。でも、私は大丈夫です」
気丈に振舞っているかのようなセリフだったが、そよからは本当に緊張や恐怖といった空気が感じられなかった。意外にも肝が据わっているらしい。
「女王さん、天通眼の阿国さんをご存知ですか?」
唐突に訊ねられ、神楽はきょとと目を丸くした。
何事も見通す天通眼を持つといわれている巫女なのだ、とそよが説明する。
「先日、見ていただいたんです、私。阿国さん、爺たちの前では当たり障りのないことを言っていましたが、帰り際にこっそり教えてくれました。近いうちに騒動に巻き込まれるだろう、怖い思いをするかもしれない。けれど、鬼に助けられる――と」
だから安心して城を抜け出しちゃいました――などと笑って続けるあたり、豪胆というより楽天的なのかもしれない。
そんなことを思いながらも、神楽はすとん、と全身の力が抜けた気がした。
阿国とやらが、正真正銘天通眼などという力を持っているのか、神楽にはわからない。
けれど、鬼に――というひと言で脳裏に浮かんだのは、気をつけろ、と神楽を見送った男の姿だった。そしてその予言は当たるのだろう。本能に基づいた勘がささやく。
そーか――と神楽は息をつくと、ゴロリと寝転がった。
「なら、心配は無用アルな」
へらりと笑ってそよを見上げる。
一国の姫君は淑とした佇まいで、はい、と微笑んだ。
* * *
そよ姫略取の報せが真選組に届いたのは、そろそろ日も暮れようかという時分だった。
すぐさま隊長格の隊士が招集され、沖田も集められた座敷でその報せを聞かされた。
そよが攫われた、といっても、今巷で横行している少女かどわかし事件と関連があるのか、それともそよが将軍家の姫君だと知った上で攫われたのか、召集された時点ではわからなかった。
ただ、そよ姫が攫われたと思わしき付近で、怪しげな不逞浪士の姿が多数目撃されたことから、真選組にも捜査の命令が下りたのだ。――というより、警察庁長官の松平が怒り心頭で近藤へ「賊を全員ブチ殺せ」と直々に命じたらしい。
近藤や土方、そして他の隊長たちが緊迫した空気で話し合いをしているのをよそに、沖田は正直面倒臭さにうんざりしていた。
何を思ってか城を抜け出した姫君が、攫われたという。
それが一大事だということはわかるのだが、だったらなんで姫を城から出したんだ、と根本的な原因に思考が向き、しわ寄せを食らっている感が否めなかった。
そよに対しては、はねっ返りの姫君だと呆れる反面、そんな気性が面白いとも思う。
ただしそれは自分に累が及ばなければ、の話だ。
とんだ尻拭いだ、とうんざりしても仕方ないだろう、と沖田は思う。これからどう動くかなど勝手に決めてくれ、とばかりに他の者たちをただ眺めていた。
新八が息せき切って座敷に飛び込んできたのは、そんなときだった。
「大変です、神楽ちゃんがそよ様と一緒に――」
そよ姫が攫われたという非常事態だけでも空気が張りつめていたというのに、そこへきて新八が新たな情報を掴んできたため、屯所内が騒然とした。
神楽もまた、そよ姫とともに勾引された――らしい。
あの小娘は何をしているんだ、と沖田は呆れながらも辟易する思いだったが、新八が報告した続きにそんな感情は全て綺麗にふっ飛んだ。
そよ姫と一緒に神楽も攫われた。おまけに、攫われたと思わしき現場で目撃された不逞浪士のなかに、「銀髪の男」の姿もあった――などと新八は言ったのだ。
銀髪の男――と言われて真っ先に沖田が思い浮かべたのは、銀時だった。
銀時が何故そんな連中と一緒に居るのか、という疑問が沸いたが、同時に納得もした。
神楽がついていながら姫君とともにアッサリ捕まったというのも、銀時が犯人一味の中に居たのなら、合点がいく。
そよ姫と神楽が攫われたこと、そして銀時が絡んでいると思わしきことから、悠長に構えていられない――土方がそう言うと、隊内はにわかに臨戦態勢に入った。
以前から不逞浪士が潜伏しているらしいと情報があった箇所、その全てを当たる、と土方は言った。
総当りだ、と真選組総出で捜索に繰り出すころには、月齢十七の立待月が既に東の空に現れていた。
(12/09/16)
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