其ノ陸「反転」 04



土方は神楽隊を率いて、そよたちが攫われたかぶき町周辺を当たるという。

沖田がそれに同行したのは、気まぐれというより、直感めいた感覚からだった。だから一番隊の面々に権を預けて、自分ひとり土方たちに同道した。

やけに情報が早い――沖田はそれが妙に気にかかった。

普段なら喜ばしいことなのだが、今回ばかりはそれが何故か引っかかる。どうにも全てが疑わしくて、胡散臭いのだ。

おまけに、土方が何かを急いでいるように思えて、それもまた気にかかった。

それが単に一刻も早くそよや神楽、攫われた娘たちを探し出したいだけなのか、それとも早く銀時を見つけ出し処分したいのか――。

そんなことを考えながら、沖田は土方率いる神楽隊とともにかぶき町周辺のあやしい箇所をしらみつぶしに調べていった。

廃ビル、建設途中で放置されたテーマパーク、荒れ果てた社寺――と当たって行き、西の外れにあった廃寺へと辿り着いたときには、月は中天近くにかかっていた。

沖田と土方が先頭に立ち、ほとんど朽ちている本堂へと向かうと、夜気に乗ってすすり泣く声が聞こえてきた。それは右手側に建つこれまた朽ちかけている堂から聞こえてくる。

土方と目配せし、気配を殺してそちらへと足を向ける。

足音を立てないよう腐りかけた階段を登り、ぼろぼろな扉の前に立つと、ひっそりとした泣き声がはっきりと聞こえた。女の泣き声だ。

それに対し、さっさと立て、などと怒鳴る男の声がして、沖田は抜刀した。

「――御用改めである!」

崩れかけていた扉を蹴破ると、堂内に狼狽が走った。蝋燭の灯りと差し込む月光で、中の人影が薄ぼんやりと見える。

まず目に入ったのは、縄で縛られ床に転がっている四人の少女だった。そして、それをどこかへ連れて行こうとでもしているのか、引き立てようとしている男が三人ほどいた。

そよと神楽の姿はない。だがこれが少女かどわかし事件の被害者たちと犯人だということは、明白だった。

男たちが現れた真選組の姿に、うひゃあ、などと情けない悲鳴をあげる。

こいつらがよそと神楽を攫った連中ではないのか――男たちの狼狽えまくった姿に疑問に思っていると、

「く、来るなァ!」

男が少女たちを盾にそんな脅しを口にした。
その態度や気配から、大した手練でないと知れる。

沖田と隊士たちがじり、とその距離を縮め、包囲しようとしたとき、

「――ガキなんぞ放っといてさっさとズラかれ」

奥の暗がりから、そう指示する声が届いた。

沖田はぴくりと眉をあげた。

思わず反応したのは、その人物の気配を全く感じなかったことと、その声に聞き覚えがあるような気がしたからだ。

「――スケロクさん!」

男のひとりがそちらを見やり、安堵したような声をあげる。同時に、ひとりの男が灯りの届く位置まで歩み出てきた。スケロク、と呼ばれた男だ。

その男の姿を認め――沖田は思わず息を呑んだ。

この男は誰だ――などと、一瞬馬鹿げた疑問を抱いたが、それはよく知る男だった。

無精ひげの浮いた頬もギラついた双眸も、その男からは想像できない荒んだ空気を放っている。

いつも非番の日に好んで着ていた和洋折衷な格好ではなく、白の長着に赤い襟巻きという姿が、余計に違和感を強めるようだ。

だが、荒々しい気配をまとっているその男は間違いなく――銀時だった。

「――行け」

沖田たちを睨みつけ、その視線ひとつで制しながら銀時が再び言う。

男たちは今度こそ、逃げ出した。

「追え!」
「動くな」

後ろから届いた土方の号令に、銀時の低い制止の声が重なる。

そして沖田たちは――誰ひとり、動くことができなかった。

新八の情報から、やはり、という気持ちはある。だが、それ以上に何故――という思いの方が大きかった。

誰もが理解できずに息を呑むなか、動いたのは土方だった。銀時の荒んだ気配を一身に受けるかのように、ずいと足を踏み出す。

その土方を見据えた赤い目が、いびつに眇められた。

「鬼の副長さん自らお相手してくれるたァ、光栄だねェ」
「てめェにうろちょろされんのは迷惑なんでな。ここらで消えてくれや」

なァ――と土方が歪んだ笑みを浮かべたのが見えた。

「――白夜叉」

落とされた淡々とした言葉に、沖田はすっと臓腑が冷えたような気がした。

銀時と土方が罵り合う光景は嫌というほど見てきた。
だが、そのときの喧嘩などじゃれ合いの一種でしかなかったのだ、と改めて思う。

それほど、今ふたりのあいだに流れている空気は、殺し合いのそれそのものだった。

その場の全員が、ふたりの殺気に気圧されている。理解できない――否、理解したくない状況と相俟って、誰ひとりとして口を開くことはおろか、身動きひとつできなくなった。

言われた本人だけが冷酷な笑みを口の端に乗せる。

「殺れるもんならな――」

挑発するような言葉と同時に、銀時が動いた。次の瞬間にはふた振りの刃が咬み合い、耳障りな悲鳴をあげる。

力では勝る銀時がザッと刀を薙いだ。その刃を避け、土方がわずかに後退する。その隙を突くように銀時が踏み込むと、土方は横に回り、体勢を直した。銀時の刀がそれを追う。

再び銀時の刀を受けとめ、次の瞬間には力を横に逃すように払う。わずかに銀時の重心が揺らいだ、その一瞬を逃さず土方は銀時を蹴り飛ばした。

蹴られた勢いを利用して、銀時が朽ちかけた堂から外へと転がり出る。土方もまた、後を追って外に出た。

手出しなどできなかった。
自分の呼吸が土方の――ふたりの邪魔にならないよう、息を殺すのが精一杯だった。

沖田だけでなく神楽隊の隊士たちもそうなのだろう、皆、緊張を漲らせたまま、固唾を呑んでいる。

再び銀時と土方の刀がぶつかり合う。

剣戟の音がやけに大きく響いたそのとき、夜気を裂くような甲高い笛の音が近くから聞こえた。呼ぶ子笛の音だ。どうやって聞きつけたのか、奉行所の夜廻りがこの騒ぎに気づいたらしい。

その笛の音に気を取られたのか、土方の意識がわずかに逸れたのが沖田にもわかった。

ダメだ、と思ったそのとき、銀時の刃が鋭く走った。刹那、土方の左腕からバッと血しぶきがあがる。

飛び散った赤が、沖田にはなんだか絵空事のように思えた。だというのに、スローモーションのように目に焼きつく。

「――ッ」

衝撃に土方が顔を歪める。その剣が下がったのを見て、銀時はすっと退いた。

近づいてくる大勢の気配から逃れるように踵を返すと、廃寺の奥の杜、その暗がりに走り去って行く。

「待て――!」
「副長!」

土方が叫び、銀時のあとを追おうとするのを、誰か――あれは山崎か――が制した。動かんでください、と悲鳴じみた声で、土方を押しとどめている。

沖田はただ茫然とその光景を眺めることしかできなかった。土方が押さえた左腕から鮮血が溢れているのが、やはり現実ばなれしているように見える。脳が理解を拒んでいるようだった。

御用、の文字が入った提灯が幾つも駆け寄ってくる。

何事だ――そう口々に問いただしたのは、やはり奉行所の夜廻りだった。

「白夜叉だ…」

誰のものとも知れぬ呟きが、夜の空気に吸い込まれていった。


* * *


ふと外に気配を感じ、神楽は目を覚ました。

ぽかりと唐突に覚醒した意識で、我ながら珍しい、とそんなことを思う。

時刻はまだ夜だろう、窓から見える空には月明かりで輝く雲があった。横を見れば、そよが穏やかな寝息をたてている。

結構贅沢な夕食を平らげたあと、ふたりでわいわいとお喋りに興じ、そのまま一緒に寝入った。それからさほど時間が経っていないように思える。

いつもなら神楽は、いったん寝入ってしまえばよほどのことがない限り、朝になるまで起きることはない。

ということは、今がよほどのことなのだろうか――半身を起こしながら、神楽は目覚めた原因である外の気配を探った。

気配はふたり分あった。距離はそう離れていない。蔵のすぐ傍だろう。密やかで警戒を帯びた気配だ。何事かを喋っているようだが、さすがにその内容までは聞こえない。

そのうち、唐突にひとり分の気配が消え、神楽は思わず窓側へと身を乗り出した。

残っているのは銀時の気配だ。それがふっと近づいてくるのを感じていると、オイ――と声をかけられた。

「――ガキが夜更かししてんじゃねーよ」

聞こえてきたのはやはり銀時の声だった。窓越しに、その天然パーマな後頭部の影も見える。

銀ちゃん――と、いつものように呼びかけて、慌てて神楽は口をつぐんだ。

――昔の名は捨てた。殺されたくなきゃあ、

不用意に口にするな、とそう言い、名前を呼ぶな、と銀時は神楽に釘を刺したのだ。

わずかに逡巡し、結局神楽は

「――オイ、モジャ毛」

そう声をかけた。
窓の向こうで銀時が鼻白んだのがわかる。

「…なんだ」

ややして忌々しげな声が返ってきて、神楽は少しばかり楽しくなった。

「ひまアル」
「――は?」
「つまんねーアル。退屈だから出てっていいアルか?」

そよを護りながらここを脱出するのに、一番の障害となるのは銀時だ。だから、本気で脱出するつもりがあれば、銀時に告げたりなどしない。銀時もそれをわかっているだろう。

だから敢えて――訊いてみた。

銀時は神楽の問いにアホか、と深いため息をこぼした。

「いいワケねーだろ。お姫さんと一緒におとなしくしてろ、クソガキ」

おとなしくしていろ――などと言う。
そーか、と神楽はそれをのんだ。

銀時は神楽やそよを傷つけたりはしない。
それは、そよへの態度や夜兎族である神楽を拘束しないあたりからもわかっている。

だから、その方が銀時にとって都合がいいのなら、そうしよう、と思ったのだ。

それでもやはり、自分の知らないところで何か事態が起きているのが面白くなくて、神楽はなら――と続けた。

「代わりに――酢昆布よこせヨ」
「…何箱だ?」

ふざけるな、と相手にされないかと思ったが、意外にも銀時はそう問うてきた。

ふと、つい先日も酢昆布何箱、などという遣り取りをしたな、と思い返す。

そのときの土方の表情が浮かび、神楽はわずかに眉根を寄せた。面白くない、という思いが少しばかり増す。

「――五箱で手ェ打ってやるネ」
「五箱ォ!?」

頓狂な声をあげてから、マズイとでも思ったのか、銀時はわざとらしく咳払いした。

「…三箱以下にしやがれ」

わずかな間ののち、苦々しく返されたのがそんな言葉で、神楽は目を丸くした。

酢昆布三箱。

銀時が何故そこに拘るのか――思い出し、神楽は今度こそ声に出して笑ってしまった。

それは対抗心なのか、と思うと可笑しくて、なんだ、と妙な納得をする。

やはりこれは「銀時」なのだ。

「オイ、モジャ毛ェ」
「なんだ、つーかムカつくな、ソレ」

大分銀時の口調にもボロが出てきている。それを感じ取ると、神楽はますます可笑しかった。

「お前がホントにソッチ行くんなら、私も――」
「寝言は寝て言え、クソガキが」

舌打ちとともに、銀時が吐き捨てる。それは、寝ろ、ということだろう。察して、あいさー、と神楽は再び寝転がった。

「おやすみヨーモジャ毛ー」

窓に向かって声をかければ、ああ、と低く心地のよい声が返ってきた。

(12/09/16)



Novel Top】【Top