其ノ陸「反転」 05



銀時があの場に居たことにより、そよと神楽を攫ったのは少女かどわかし事件の犯人たちだということが、はっきりした。

そして、銀時が犯人一味に加担し、土方を斬ったことはあっという間に真選組内部に広まり、屯所内は重苦しい沈鬱な空気に包まれている。


荒れ寺に残された少女四人は、やはり少女かどわかし事件の被害者たちだった。否、被害者の一部、というのが正しいだろう。まだ救出できていない被害者は、神楽とそよ姫を入れて六名いる。

少女たちの証言から、金目当ての犯行だと知れた。最終的にはどこぞに売り飛ばされるところだったというのだ。

中には連れ去られてから二週間以上経っている少女もいたというのに、まだ売られていなかったのが不思議だったが、なんでも少女の数が足りなかったらしい。まだ足りない、数を揃えなければならない、と犯人たちが話していたのを少女のひとりが聞いていたのだ。

少女たちの証言と実際に沖田たちが遭遇した状況によって、全てが繋がり――確定した。


少女かどわかし事件の犯人一味に銀時が加わっていたことも、その一味が神楽とそよ姫を攫ったことも、確定したのだ。

そよ姫略取の報せが届いてからわずか半日ばかりで急速に動いた事態に、沖田は苛立ちを覚える。

上には既に奉行所から、この件に「白夜叉」が絡んでいると、報告があがったらしい。

余計なことをしやがって、と忌々しく思う。あの場で「白夜叉」などという名を出した人物を見つけ出してじっくりと甚振ってやりたいほど、気分がささくれ立ってもいた。

そう思う反面、何かが――どこかが不自然に動いているようで、沖田は釈然としない。

否、そもそもの発端として、銀時が脱隊した――などということ自体が、沖田にとっては不自然なことなのだ。



銀時が姿を消す直前、土方と激しく言い争っていた――らしい。

偶然その現場に出くわしたという隊士が語っていたのを、沖田も聞いた。

目撃した隊士によると、廊下を歩いていたら、ふざけんな!、と土方の怒鳴り声が聞こえてきて震えあがったのだという。自分のことか、とビクビクしていたところに、ホントのことだろーが、と背筋が寒くなるような銀時の低い声がして、さらに震えたのだ、とも。

だが、ガッ、と鈍い音とともに殴られたらしい銀時が襖ごと廊下に転がり出てきて、尋常でない事態が起きていることに気づいたのだ、と隊士は言った。

「二度と口にすんじゃねェ…!」

そのときの土方は、殺気にほど近い空気を撒き散らしていたらしい。銀時を見下ろす目は、射殺さんばかりのもので、自分ならそんな目で見られたらションベン漏らしてる――などとも言っていた。

けれど銀時はギリとその目を見返していた――らしい。こちらもまた、ゾッとするほどの冷酷な気配をまとっていた、と口にした隊士はそのときのことを思い出したのか、酷く青ざめていた。

それからのことは、あまり覚えていない、と隊士は言った。否、銀時と土方が言い争う声はしっかり聞いていたのだが、内容がわからなかったためはっきりとは覚えていないらしい。

最終的に銀時が怒りをぶつけるように壁を殴りつけ、

「――やってられっか馬鹿馬鹿しい」

と吐き捨ててどこかへと歩き去ったことで、その隊士はようやくまともに呼吸ができ――豪いことになった、と改めて思ったのだという。



その一件が広まったことにより、銀時は土方と反目して真選組を抜けたのだ、などと一部のあいだでまことしやかにささやかれている。

沖田はそれを知っていたが、とりたてて何かを言うでもなく放っておいた。

隊士が聞いたという土方と銀時の会話がどんな亀裂を生んだのかも、あのふたりに何があったのかも、沖田は知らない。

ただ沖田は、

――面白くねェ。

何もかもが面白くなくて、納得できなかっただけだ。

思考も感情もすっきりしないまま、それをぶつけて問いただそうと、沖田は足音も荒く土方の部屋へと向かった。
すると、あと少しというところで、土方の部屋から出てきた山崎とかち合った。

沖田を見やった山崎が眉をひそめる。それを無視してすぐそこに見える土方の部屋の障子に手を伸ばそうとしたら、邪魔をするように山崎があいだに割って入った。

「――どけ」
「できません」

沖田が睨みつければ、山崎は普段なら怯えあがる。だというのに、今回は譲らなかった。
それどころか、滅多になく厳しい目を沖田に向けてくる。

「副長は怪我をしてます。沖田隊長も見たでしょう。斬られたんですよ?あの人に。…少しは土方さんの気持ちを、考えてやってください」

山崎の言に沖田は舌打ちした。
そんなことてめェに言われるまでもねェ――喉許まで出かかった言葉をなんとか呑み込む。

「考えろってんなら、手の内全部見せやがれ土方コノヤロー」
「沖田隊長!」
「てめーもだ、ザキ」

非難の矛先を向ければ、山崎は息を呑んだ。
一瞬揺らいだ瞳に、やはりコイツもだ――と確信する。

「てめーらなに隠してやがんでィ」
「なにも隠してないですよ!」

弁明するように叫んだ山崎を、なら――と沖田は真っ直ぐに睨み据えた。

「なんで旦那は京に出張、ってことになってやがる」

銀時が離隊したというゴタゴタを上に知られてはマズイ、というのなら、局長許可による脱退を認めたことにすればいいだろう。
手続きに時間がかかるとしても、その間は怪我でも病気でもでっちあげて屯所に篭っていることにすればいいだけだ。

それを、何故わざわざ人前に出なければならない出張などと謀ったのか――それだけでも腑に落ちないというのに、どこの誰だか知らないが影武者を立ててまで敢行しているというのだ。沖田が疑わしく思うのも無理ないだろう。

そんな手の込んだ策を弄したのは、何故だ――沖田がその腹の内を探るようにじっと見据えていると、山崎は諦めたようにため息をこぼした。

「旦那と…いえ、真選組副長と白夜叉との繋がりを切るためです。今、江戸で「白夜叉」を消すことができれば、京にいる坂田副長と白夜叉は別人だということになります。だから、消すんです――真選組のためにも、副長のためにも…」
「――で?「坂田副長」とやらは京から戻る途中に事故にでも遭う予定だってかィ?」

白夜叉を消す、ということは、副長である坂田銀時もまた、存在を殺さなければならないだろう。

影武者を使って、死亡事故でもでっち上げてひと芝居打つつもりか――沖田が冷ややかに問えば、山崎は頬を強ばらせたまま、わずかに口許を歪めた。

「…江戸に戻ってきてからでも構いませんがね」

山崎の返答に、ハ、と乾いた笑いが出た。沖田のなかに生じたのは、御しがたいほどの嫌悪感だ。

「胸クソ悪りィ策立てやがる!さすがは土方さんでィ」

山崎のその後ろ、そこに居るだろう人物に向かって忌々しく吐き捨てる。

山崎が「沖田隊長!」と諌めるような声を出したが、沖田はそれを無視して踵を返した。

土方が本気で銀時を消そうとしている――そう考えるだけで、誰彼構わず当り散らしたいほど、感情が荒れ狂う。それはきっと、子供じみた癇癪でしかないだろうということは、自分でも理解していた。

何故、銀時が真選組を抜けたのかなど知らないし、知りたいとも思わない。

ただ、あの男が土方と真選組を見限ったというそのこと自体も、そして土方が銀時を出て行かせたということも、なんだかとても――口惜しいのだ。

それはきっと、沖田が真っ先に気づいてしまったからだ。



あれは、銀時の入隊からひと月と少しばかり経ったころのことだった。

そのころには銀時の気配は大分――否、物凄くゆるんでいた。

そののほほんとした気配に、銀時の入隊当初はまだどこか他人行儀だった者たちも、遠巻きにしていた者たちも、この男に対する好奇心を抑えきれなくなったのだろう。誰もが気安く声をかけては銀時にまとわりついていた。

沖田もそうだ。
その日も庭先で、やれ手合わせをしろだのなんだのと銀時に絡んでいた。

本気で手合わせをして欲しかった訳ではない。ただこの男がゆるんだ気配、そのさらに奥に隠しているものが知りたくて、沖田は絡むようにまといついていた――はずだ。

けれど銀時は純粋に嫌そうな顔で、やなこった、と沖田の申し入れを受け流した。

「なんでんなことしなきゃなんねーんだよ、メンドくせ――」

ふと銀時の言葉が尻すぼみに切れて、沖田は首をかしげた。

見れば銀時は、どこかきょとんとした顔で建物の方を見ている。

そちらへと視線を向ければ、近藤と土方が外廊下を歩いてくるのが見えた。近藤が何かを言ったらしい、土方が軽く噴き出す。

「――勘弁してくれよ、近藤さん」

近藤にしか向けないだろう、やわらかな笑みでそう言ったのが、沖田たちのところにも聞こえてきた。

その、瞬間。

まるで竜巻が起きたかのように、空気が巻き上がった――気がした。
それは、銀時が放つ凄まじいまでの殺気だった。

ぞわりと全身がそそけ立つほどの殺気に、沖田は思わず抜刀しかけた。銀時越しに、近藤と土方もまたハッとこちらを振り返ったのがわかる。

寸でのところで刀を抜かなかったのは、気圧されたからではなく、銀時がその一瞬で殺気を散じたからだ。恐らく土方の驚いた表情で我に返ったのだろう、銀時の気配が酷く乱れ、狼狽えたものに変わった。

「――勘弁してくだせェよ旦那。思わず斬っちまうところでしたぜ」

深く息をつくことで沖田も気を散じ、刀の柄から手を離す。

沖田の呼びかけにゆるりと振り返った銀時は、愕然とした表情を浮かべていた。

その顔に――沖田は悟ってしまった。

「…マジでか」

銀時が呆然と呟く。それは沖田への返答にも、銀時自身への言葉にも取れた。

きっと、土方に対する感情がどんなものなのか、銀時自身も今自覚したばかりなのだろう。
常のように取り繕えないほど動揺している銀時の姿が、それを示している。

そんな銀時に対してそのとき沖田が抱いたのは、好感に近い感情だった。

それまで沖田は銀時を、もっと飄々と世を渡る、何事にも頓着しない執着心のない男だと思っていたのだ。

へらりと気の抜けるような腹の読めない笑みを浮かべて、頼まれればなんやかやと文句を口にしながらも手を差し伸べる。

そうして誰にでも等しく優しく――そのくせ誰もその奥には入り込ませない。そんな風に銀時がどこかで線を引いているのを沖田は感じていた。だからこそその奥を覗いて見たいとも思っていたのだ。

表への表し方は異なるが、とてもわかりにくく難儀な性質は土方と同じだ、と呆れもした。

ところが、土方への感情に気づいてからの銀時は、むしろわかりやすかった。本人は隠し通せていると思っていただろうが、知ってしまった沖田にとってはダダ漏れも同然だ。

土方を通して銀時を見ると、どこか浮世離れしたような腹の読めない人物ではなく、ごくごく普通の男だった。バカな、と頭に付けたくなったことも多々ある。
存外に嫉妬深いことも知った。

土方もまた、銀時との距離が近くなるにつれ、ずっと張りつめていた力が抜けたように、少しずつ変わっていった。

銀時に振り回されては声を荒げる土方を見るのは、色んな意味で楽しかった。

総じて、今のふたりの方が面白かったのだ。

だから、しだいに土方もまた銀時に惹かれていたのを知っても、ついには銀時の恋慕が実ったらしいと知っても、沖田は非難も応援もしない代わりに別段協力するでもなく、ただ見てきた。

見てきたからこそ――今のこの状況は、合点がいかないのだ。

銀時の脱隊も、土方がそれを制しなかったのも。

土方が「白夜叉」として銀時に刀を向けたのも、銀時がわずかな躊躇もなく土方を斬りつけたのも――全てが現実ばなれしているようで、納得できなかった。

否、本当はそうじゃないのだ、と思いたいだけなのだろう――そんな風に冷静に判じる自分もいる。

違うのだ、何か理由があるのだ――と信じたい。けれど土方が信じさせてくれなくて、憤ろしい。それで――癇癪を起こしているのだ。それが八つ当たりだというのもわかっている。

わかっているから尚、沖田はそんな自分の感情にも苛立って仕方なかった。

鬱積のままに外廊下を歩いていると、ふと広い庭先に一瞬、誰かがいる気配がして、沖田は足を止めた。

だが、誰何の声をあげる前にその気配が消えてしまったため、沖田は訝しく思っただけで捨て置いた。

(12/09/17)



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