其ノ陸「反転」 06
翌朝、起きて早々にまた事態が急転した。
そよ姫と神楽、そして残りの娘たちの居場所がわかったのだという。どうやら日が明ける前にタレコミがあったらしい。
それもまた、情報が早い――沖田はまたぞろ不審に思った。
隊士たちが起き出すより早く、斥候として監察方を向かわせたらしい。
戻ってきた彼らが、どうやら間違いないようだ、と報告したことで、早々に出動することになった。
呼ばれたのは、一番隊と十番隊、そして神楽隊だった。
神楽隊は隊長である神楽の救出ということで、隊士たち全員が土方に連れて行ってくれるよう頼んだらしい。
陣頭指揮は近藤ではなく土方が執るようだった。というより、近藤は銀時に関する件を、土方に一任しているらしい。そしてこの件も、銀時が絡んでいるから土方に任せたのだろう。
いつもどおりきっちりと制服を着込んだ土方が先頭に立つ。その姿からは、昨夜の怪我の具合は量れなかった。
だが、あの出血量から見て、刀傷は軽くないはずだ。沖田はわずかに眉をひそめたが、当の土方は意に介した様子もない。土方の傍らには、山崎と新八の姿も見える。
沖田たちとは別に、二番隊と三番隊をどこかへと向かわせると、土方は出動の号令を出した。
もたらされた情報により向かったのは、かぶき町からさらに南へと下った町外れの古びた、けれど見事な屋敷だった。
屋敷の主は、もとは地方の買次問屋だったらしい。それが江戸に出て、今では他の星との貿易に手を出している、と監察方の調べでわかった。この屋敷を購入できるほど、羽振りはいいらしい。
その主が、どこぞの星の金満家に頼まれて少女たちを攫ったようだ、と監察は報告した。
それを聞いて、問屋は人も卸すのかィ、と沖田が呆れと怒りとを覚えたのはつい先ほどのことだ。
「一番隊と十番隊は正面から突入。敵を陽動し、引きつけろ。神楽隊は俺と裏に回って、そよ様および攫われた娘たちを救出する」
屋敷の門が見えたところで、土方がそう指示を出す。
応、と応え、沖田は十番隊隊長の原田と一瞬視線を交わした。
それを見て、土方がすっと目配せをする。解したかのように動いたのは、山崎と新八の二名だった。もと来た道をわずかに戻り、角を曲がる。
そんなふたりの行動を沖田が訝しんでいると、不意にこちらへ顔を向けた土方と視線がぶつかった。
思わず眉根を寄せた沖田に、土方がニッと笑ってみせる。
久し振りに見るそんな顔に、沖田は瞠目した。
「――好きに暴れて来い」
そんな笑みで土方はそう言うと、行くぞ、と神楽隊の隊士たちに声をかける。
神楽隊を連れて裏手側へと向かう背中を、呆然と眺めていたら、
「――沖田隊長?」
一番隊の隊士から呼びかけられた。
振り返ると、二隊の隊士全員が怪訝そうに沖田を見つめていた。原田だけがにやりとした笑みを浮かべている。その腹が立つ顔に内心舌打ちしながらも、沖田はフン、と鼻で笑い返した。
「――言われなくても、暴れてやらァ」
行くぜ、と二隊を率いて門に向かう。先陣を切るのは沖田の役目だ。
「御用改めである――」
名乗りと同時に門を蹴破り――中へと突入した。
* * *
遠くから喚声が聞こえた。
大勢の人間が入り乱れる荒々しい空気が、倉の中に居る神楽のもとまで伝わってくる。
皮膚をチリチリと刺激するその気配に、来たのだ――と神楽はわずかに高揚した。
きょろきょろと――壁と精々窓くらいしか見えないだろうに――周囲を見回すそよに、大丈夫アルヨ、と笑ってみせる。
しばらくして、がこん、と閂の外れた音がした。軋んだ音を立てて、扉が開く。
そこから現れた姿に、やっぱりな、と神楽は納得した。
「そよ様、ご無事ですか?」
膝をつき、目線の高さを合わせてそうそよに訊ねたのは、土方だった。
――鬼に、
天通眼とやらの予言が、正しく現実のものとなったのだ。
土方を見てぱちくりと目をしばたたかせるそよに、神楽は「これがウチの「鬼」アルヨ」と耳打ちする。
そよはそれだけで全てを察したようだった。そうですか、と穏やかに微笑む。
そよのその姿に土方はホッと小さく息を落とすと、神楽に視線を移した。
「――神楽、そよ様をお連れしてここから離れろ。塀にそって裏門まで行きゃあ、神楽隊がいる。そこまで無事お連れしろ」
ついでにおめーの無事なツラ見せてやれ、などと続ける。
どうやら神楽隊の部下たちは、神楽が攫われたと知って酷く心配したらしい――土方の言葉からそれを悟った。
閉まらないよう土方が押さえている扉から、そよの手を引いて外に出る。
そのまま言われたとおり足を進めようとして、神楽は堪えきれずに土方を振り返った。
「ニコ中、銀ちゃんは――」
訊ねかけて神楽は――半眼になった。
仰ぎ見た先で土方はただ軽く微笑んでいる。
その表情に、ああやっぱりかよ――と、ただそんな確信が浮かび、神楽は盛大に顔をしかめた。
やはり土方は何かを隠していて、それが上手く運んだのだ。
間違いなく、あの男も絡んでいる――絶対に。
てっきり銀時の素振りから、何事かを企んだのは銀時なのだと思っていた。
土方はそれに合わせて動いているのだろうと推察したのだが、この様子では企んだのは土方の方なのだろう。そう直感する。
土方の姿を痛々しく思い、可哀相――などと同情した自分が馬鹿みたいだ。否、馬鹿を見た、というのだろう、これは。
憤りに体を震わせながら、神楽は土方をギリと睨みつけた。
「…ぜってェ殴るからなテメーらァァァ!」
「早く行け」
そう返ってきた土方の声は、笑い含んだものだった。
* * *
沖田が屋敷の中に突入すると、そこここから男の悲鳴が聞こえた。見れば、屋敷の中に居た若い男たちが、刀を手にした沖田たち真選組の姿に、竦みあがっている。
門を蹴破って踏み込んだときから感じていたが、雇われているのは若い男が多かった。
頭数だけは沖田たちの倍以上いる。
たが、その大半はやはり大した手練ではなかった。斬りかかってくるでもなく、早々に投降する者がほとんどだ。
向かってくる気概のある、一部の者たちを峰打ちで仕留めながら屋敷の奥へと進む。
そして、広い座敷にようやくその姿を見つけた。
この屋敷の主である、でっぷりと太った中年の男だ。必死の形相で畳を何枚も剥がしている様子から、地下に逃げ道でもあるのだろう、と沖田は察した。
「てめーひとり逃げようってかい?」
逃げられると思っているのか――そんな呆れをこめて言えば、主はビクリと飛び上がった。沖田たちの姿を認め、狼狽えた悲鳴をあげる。
「く――来るなァ!」
懐から匕首を取り出し、沖田たちに向ける。
その刃先が無様に震えているのが滑稽だった。
「く、来るなよ!娘たちがどうなってもい――!」
「テメーらがかどわかした娘たちなら全員解放した。ここの蔵からも――埠頭の倉庫からもな」
突然、主の声を遮って、その背後からよく通る低い声がした。
ぎくりと身を強ばらせた主が慌てたように振り返る。
主の背後――沖田たちと座敷を挟んで並ぶ襖が開かれていて、そこにはいつのまに現れたのか、土方の姿があった。
「神妙にお縄につけ」
主に刀を突きつけ、静かな声でそう脅す。
これで終いか――沖田が呆気ない幕引きを味気なく思っていると、
「――スケロク来い!こいつら全員ぶっ殺せ!白夜叉と呼ばれた貴様の力を見せろォ!」
主が大声で叫んだ。
その咆哮のような蛮声に、沖田はハッと息を呑んだ。周囲の隊士たちも皆、困惑と緊張をまとったのを感じる。
白夜叉――銀時は、この主たちと手を組んでいるのだ。
忘れていた訳ではないが、敵として銀時と相対するのだ――という実感が未だ湧いていなかったことに気づかされ、沖田はきつく奥歯を噛み締めた。
銀時を斬るのか、自分が。否、斬れるのだろうか――そんな煩悶が生まれ、迷う。迷ったはしから、いけない、と脳裏で警鐘が鳴った。戦場において迷ってなどいたら、自分の命に関わる。
瞬間のうちにそんな逡巡をし――沖田は刀を構えた。
だが、
「スケロクの野郎ならどっか行ったぜー。多分便所じゃねーの?」
主の喚呼に返ってきたのは、場違いなまでに気抜けた声での、ふざけた返答だった。
その声に沖田は瞠目した。隊士たちも皆一様に唖然と目を丸くしている。
――まさか、
まさか、と見やった先――土方の隣でへらりと笑っているのは、
「…旦那…」
「坂田副長…?」
真選組の制服をまとった、銀時だった。
無精ひげはそのままだが、見慣れた制服を着込んだ男は、いつもどおりのだらりとした気配をまとって土方の隣に立っている。
それもまた、見慣れた光景だ。
だが、そんなさも当たり前の顔をして並んでいる土方と銀時の姿に、誰もが驚きで言葉を失った。
そんななか、真っ先に我に返ったのは、屋敷の主だった。
「なに言ってやがるてめェ!裏切るのか!」
顔を真っ赤にして主が怒鳴る。
その姿に、土方は小首をかしげるようにして隣の銀髪を見やった。
「なんか喚いてやがるが、おめーの知り合いか?」
「俺ェ?いや、知らねーし。裏切るもなにも、コイツのことなんか知らねーし、俺」
土方と顔を見合わせて、銀時が飄々と答える。
そーいやァ、と何かを思い出したかのように土方が口を開いた。
「京都出張お疲れさん」
「おーう、ただいま久し振りー」
「汚ねェツラだな。ひげくらい剃れや」
「いや、なかなか忙しくてなァ、コレがまた」
こんな状況だというのに、銀時と土方は暢気にそんなことを言い合う。
今までと――銀時が真選組を離隊する前と何ひとつ変わらない遣り取りだ。
その光景に、ゆるゆると脳が動き出し、沖田は理解した。
騙されたのだと悟ったのは沖田だけではないだろう。隊士たちのあいだに呆れと安堵とが入りまじった空気が流れる。
――白夜叉を、
消すのだと言った山崎の言葉に、嘘がなかったことを知る。
そうだ、山崎は最初から、銀時を消す、ではなく、「白夜叉」を消す、と言っていたのだ。
その言葉の、本当の意味を見極められなかったことが、純粋に悔しかった。
どこか間の抜けた沈黙を破るように、沖田は深々とため息をこぼした。
「アンタらァ…あとで全員になんかおごれよコノヤロー」
いつもと変わらぬ淡々とした声を装ったが、そこには押し殺しきれなかった怒気が滲み出てしまった。
(12/09/17)
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