其ノ陸「反転」 07



真選組のふたりの副長、そして怒り心頭の沖田に挟まれ、主は歯噛みしながらも投降した。

縄で縛り上げた主を銀時が引っ立てる。土方の指示により庭先へと連れ出すそのあとを、沖田も追った。

そこには先に捕縛された男たちが転がされていた。ひとつところに集められ、小山のような塊になっている。

男たち全員が主を見るなり「頭ァ」と情けない声をあげ、次いでその後ろにいる銀時の姿に――目を丸くした。

「…スケロク?」
「え、スケロクさん?え、え、なんでなんで?」

全員が困惑もあらわに銀時を見上げる。

――どーしやがんでィ

沖田はじりじりとする思いで、後ろからその様子を眺めた。

銀時がスケロクという偽名で犯人一味に加担していたことは、潜入捜査だったとでも言い逃れができるだろう。だがそれも、「白夜叉」が絡んでなければ、の話だ。

スケロク、とそう名乗っていた銀時を、主は「白夜叉」と言った。銀時が「白夜叉」と呼ばれていたことを知っているのだ。
それだけでも充分、この状況はまずい――はずだ。

――白夜叉を、

消すのだ、と山崎は言っていた。

だが、少なくともこの主は知っている。
その上もし、男たちの誰もがそれを知っていたら――この場の者たち全員を殺すくらいしか、沖田には手が浮かばない。

どうするのか――沖田が見つめる先で、銀時は気にした様子もなく、男たちの茫然とした視線を受け流している。そのまま足を進めると、塊となっている集団のもとへ主を放り投げた。

地面に転がった主が、ギッと憎悪もあらわに銀時を睨みつける。

「貴様…!謀ったな!!」
「なに言ってんのかサッパリわかんねーんだけど」

そう言うなり、銀時は主の襟元をぐいと掴みあげた。至近距離から主の憎しみに満ちた双眸を見返し、ニッと笑う。

途端、銀時の気配が変わった。

「どォもー、真選組副長、坂田銀時でーす、はじめましてー」

軽い口調でそんなことを言いながらも、銀時が放っているのは背筋が寒くなるほどの殺気だった。主だけでなく、周りの男たちも恐怖からか凍りついたのがわかる。沖田ですら気圧されたのだから無理もないだろう。

オーケー?と底冷えするような笑顔のまま銀時が凄めば、殺気にあてられたのだろう主は、顔面を蒼白にしてガクガクと何度もうなずいた。

沖田が半ば驚嘆しながらその様子を眺め見ていると、遅れて屋敷から現れた土方が銀時たちにわざとらしい声を投げた。

「どーやらスケロクってェ野郎は逃げたみてーだな。中にゃもう誰も居ねェ」
「ああ、んじゃあフラッと宇宙にでも行ったんじゃね?」

土方の言葉を受け、なァ――と銀時が同意を求めるように視線を向けると、主は再び首がもげ落ちんばかりにうなずいた。

そのまま他の男たちをぐるりと見回せば、そちらもまた、同様だった。銀時の視線に晒された男たち全員、真っ青な顔で首を縦に振る。なかには涙目になっている者もいた。

それで、終了だった。

ここまでの茶番めいた遣り取りで、「白夜叉」――スケロクなる架空の人物が作り出され、銀時とは別人だ、という図式ができあがった。そして、恐怖による威しでそれを主や男たちにも強要し、受け入れさせたのだ。

この後の取調は真選組が行うことになる。
一味がそのまま監獄送りになるのは間違いないし、牢に入っても、そして仮に出てこられたとしても、主たちは誰ひとりとして白夜叉の正体を口にしないだろう。

沖田はいっそ呆れる思いでふたりの副長と、震え上がっている一味を眺めた。
荒業にもほどがある。

「――副長!」

駆けて来た山崎が、移送用の車が到着したことを告げた。
それを聞き、土方が原田たちとともに一味全員を引っ立て連行する。

門の方へ消えて行く背中を見るともなく見送っていると、入れ違いのように軽やかな足音が近づいてきた。

銀ちゃあん、と軽やかに駆けて来たのは神楽だった。その無事な姿を見て、隊士たちのあいだから歓声があがる。

いつから真選組は神楽親衛隊になったのか。

否、川南一派との件以来、実は編成が戻っていなかったのではないだろうか――などとうんざりしながら、沖田は喜びに沸く隊士たちを一瞥した。

隊士たちが喜色もあらわに見つめるなか、にこやかな笑顔で駆け寄ってきた神楽はその勢いのまま――

「クソガキって誰のことアルかテメー!」

まるでヘッドロックでもかけるかのように銀時の首に飛びついた。ぐえ、と銀時が苦しげな声をあげるのと、隊士たちのあいだにどよめきが走ったのは同時だった。

「この口か!そんなこと言ったのはこの口アルか!」
「もげる!首もげる!銀さんの頭ポロリしちゃうゥゥゥ!!」

つーか!と銀時が体をよじって神楽を振り落とす。

「オメーこそ言うにこと欠いてモジャ毛はねーだろ!」
「名前呼ぶな言ったのは銀ちゃんアル。それより酢昆布よこせヨ。五箱な」
「三箱以下!そこは三箱以下でお願いします!」

ぎゃんぎゃんと言い合う銀時と神楽を見ていた沖田は、唐突に、この少女は今回の芝居に気づいていたのだろう、と思った。

もし銀時が本当に真選組を抜けて出て行ったのなら、神楽はついて行ってただろう――眼前の光景に、そう感じたのだ。

思い返せば、銀時が真選組から姿を消したと告げられてからも、神楽は何ひとつ変わらなかった。不安そうな顔も動揺した姿も、ついぞ見かけていない。

彼女はただ、困惑しながらも平静を装っていた隊士たちを、呆れたような顔で見ていただけだった。

神楽は気づいていたのだ――それがまた悔しくて沖田が歯噛みしていると、不意にふわりと煙草のにおいが漂った。煙のもとを辿れば、こちらに戻ってくる土方の姿がある。

酢昆布だ五箱だ三箱以下だ、と未だ続けている銀時と神楽の応酬に、土方がふっと小さく笑う。

「――なんだ、酢昆布はソッチにねだってたのか」

面白がるように言うと、そんな土方を神楽がムッと――何故か――睨めつけた。

「ソレとコレはべつアルからな!」

前後の見えない言葉に、土方は苦笑する風だった。

「加減しろよ」
「ちょっとコイツ五箱とかふざけたこと言ってんですけど――ってそれより!」

喚いた銀時は突然土方に詰め寄ると、彼の制服の上着をがばりと左右に広げた。土方が、オイ!、と慌てたように銀時の手を押さえる。

「いきなりなにしやがるテメー!」
「うるせェ!嫌なことやらせやがって!いいから傷見せろ!」

引き下がることなく上着を剥ごうとする銀時に、気圧されながらも土方が待て待て、と繰り返す。

「ありゃあほとんど血ノリだ。ちょっと掠っただけで腱も神経も傷ついてねェ。斬り口も綺麗だから圧迫だけで塞がった。縫ってもいねェ」
「痕は?」
「残ったところで大したこたァねーだろ」
「大したことあるわ!」
「坂田――」

血相を変えたまま声を張り上げる銀時に、土方のため息が落とされる。

「斬れっつったのは俺だ。おめーが気にすることはねェ」

その言葉とふたりの様子に、沖田の中で澱んでいた何かがすっと霧散したようだった。

制服姿の銀時が現れ、そして全てが茶番劇だったと知ったときから、昨夜の一件も芝居だったことはわかっていた。わかってはいたが、それでもやはりこうしてふたりの姿を見ると、なんだか笑いたくなるような力が抜けたような、そんな心持ちだ。

沖田が脱力して、そして隊士たちがぽかんとふたりを見ているそこへ、「――ところで」と神楽の暢気な声が落とされた。

「なんでスケロクアルか?」

神楽がきょとと銀時を見上げる。
どうでもいいようで気にかかっていた疑問に、沖田もまた銀時を見やった。

「名づけ親はこっち。――ってワケでなんで?」

銀時が視線を誘導するように土方を指し示し、首をかしげる。

ふたりだけでなく、沖田や他の隊士たちの注目を集めた土方は、ふー、と煙草の煙を吹き出すと、

「スケベのスケにロクでなしのロク」

真顔であっさりと神楽の疑問に答えた。

「ああ!」

ポン、と神楽が手を打つ。
納得した空気が流れるなか、銀時だけが「はァ!?」と異論を唱えた。

「ああ、じゃねェよ!納得すんな!つーかなんだその命名法!!全世界のスケロクさんに謝れてめー!」
「全世界のスケロクさんにゃあ謝るが、てめーは入ってねーぞ」
「ふざけんな俺にも謝れ!つかむしろ俺に謝れ!」
「嫌です」
「丁寧語やめろ、ムカつくわ!」
「お断りします」
「腹立つーーー!」

喧しい副長ふたりの不毛な、そして子供じみた言い争いは、様子を見に来た新八から「いい加減帰りましょうよ…」と呆れたように諌められるまで続いていた。

(12/09/19)



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