其ノ陸「反転」 08



「すまんすまん!」

がはは、と朗らかに笑った近藤は、隊士たちにそんな風に詫びた。



様々な些事をこなした神楽たちが屯所に戻れたのは、夕方近くになってだった。

中へと入れば、大広間に全ての隊士が招集されていた。先に戻った山崎たちから既に報告はあったのだろう、誰もがそわそわと落ち着かない空気をかもしている。

土方に促され、最初に神楽が広間に入ると、隊士たちの喜びの声が座敷に満ちた。
近藤が「無事でよかった」とホッとしたように言えば、よかったよかったと追従する声があがる。

そして――土方とともに現れた銀時を見て、皆一様に驚愕した。素っ頓狂な悲鳴をあげる者までいた。

そんな周章狼狽の大広間に近藤の陽気な笑い声が響き――先の詫びの言葉に至る。

落ち着くよう隊士に指示した近藤は、土方に目線を向けた。
それにひとつうなずいてみせた土方が、

「ハナっから全部芝居だ」

そう前置きし――ようやく全てを説明しだした。

曰く、少女かどわかし事件に関して、早い段階で犯人たちの情報を掴んでいたらしい。少女の数を揃えなければならない、という事情も調べ上げていた。

そして、それと同じくして松平からそよが外に遊びに出たがってるがどうしたものか――という相談を受けていたのだという。

そよが望むなら遊びにくらい行かせてあげたいが、万が一のことがあったら、と心配する反面、城下には危険が一杯あるということも知ってもらいたい――などと無茶なことを言う松平に、だったら、とこの件を思いついたというのだ。

さすがに松平は「そよを攫わせる」という荒技に反対したが、土方か銀時が犯人一味の内部に潜り込み、そよの身を絶対に護る、と確約したことで渋々その案を呑んだのだという。

それもまたどうなんだ、と神楽は思ったが、きっとこの時点で土方は全てを企てていたのだろう。そう考えれば、土方が強引に松平を押し切ったのが理解できる。

土方らしくない――とは思うが。

そして、銀時が一味に入り込むことになり、ついでにひと芝居打つことにした――土方はそう言った。

ちなみにその銀時は現在、広間から姿を消している。土方に「そのツラどーにかしやがれ」と、ひげを剃ってくるよう追い出されたのだ。

真選組を脱隊した銀時が、白夜叉として犯人一味に加わり、そよを攫う――そよが城を抜け出すという情報を流したのは、銀時だった――そこに神楽が絡んできたのは純粋に誤算だった、と土方は苦笑した。

ただ、江戸で「白夜叉」が暗躍しているあいだ、真選組副長「坂田銀時」は京で任務をこなす。
どちらも公の証拠が残されていることで、このふたりをイコールで結ぶことができなくなる――それを目論んでいたのだ、と。

松平も一枚噛んでいたことから、彼の知己である元お庭番衆に協力してもらったらしい。銀時の身代わりとして京へと向かったのは、元お庭番衆筆頭だった男だというのだ。その人物は実際、本日京から戻ってきていた。

そしてもうひとり、スケロクを演じていた銀時と土方たちとの連絡役を、元お庭番衆の女性が務めたらしい。
神楽が昨夜感じたもうひとりの気配が、それだった。

攘夷浪士たちをごまかせなくても構わない、初めから幕府の連中を騙すためだけに仕組んだ茶番劇だ――土方はそう言い切った。

飽くまでついでだ、と平然と嘯く土方は、悪人めいた笑みを浮かべている。

目撃情報のあった銀時と土方の諍いも、昨夜あったらしい斬り合いも、全てが芝居だったと知った隊士たちは、茫然としながらも安心したように脱力した。

ひととおり説明した土方は、そんな隊士たちを見回し――呆れたような半眼になった。

「敵を欺くにはまず――とは言うものの、おめーらもあんなちんけな芝居にあっさり騙されんじゃねェよ」
「アンタらの腹ァ黒すぎて読みにくいんだよッ!」

喚いたのは原田だった。

ほとんどの隊士が追従するようにうなずいたが、土方にはそんな反論など通じない。

それどころか、

「文句があるなら満足に腹芸できるようになりやがれ」

などと、小馬鹿にしたように鼻で笑う始末だった。

無理言うな!だのとあがる抗議の声を、近藤がまあまあ、と宥め――

「そういうワケだ!皆には不安にさせたようで悪かった。詫び、というワケでもないが――パーッとやるぞォ!」

そんな、いつもどおりの掛け声を合図に、いつもどおりの隊をあげての宴会が始まった。

監察方や神楽隊の隊士たち、そして何故か銀時までもが手際よく準備し、酒を運び込む。

そこからはもう、お祭り状態の馬鹿騒ぎだった。

酒が入るなり隊士たちに囲まれた神楽と銀時が、揃って隊士たちを潰しにかかったのも大きいだろう。

もっとも、早々に周囲の者たち全員を陽気な酔っ払いから屍へと進化させたが。

屍を大量生産して広間を見回せば、大半の者は既にぐだぐだに酔っ払って騒いでいたが、意外にもしゃんとしている者もいる。沖田に絡まれている土方と山崎もそうだった。

周囲の者を片した銀時が、当たり前の顔をして土方の方へと向かう。神楽もついて行くと、沖田にじとりと睨まれた。

なんだよ――と喧嘩を吹っ掛けそうになった神楽に、銀時と土方の両方から制止の声がかかった。

「こんなときにまでケンカすんなよ、メンド臭ェ」

土方の杯に酒を注ぎながら、銀時が呆れたように言う。その顔には無精ひげもなく、いつもの銀時だ、と神楽はどこかホッとした。

「総悟、おめーもだ。腹ァ立つのはわかるが、誰彼構わず当たるのはよせ」
「うるせー死ね土方」

土方の注意に、沖田はぷいとそっぽを向く。その横顔に神楽がべーと舌を出せば、土方も銀時も、そして山崎までもが仕方ないなとばかりにため息をついた。

「暴れてェんだったらせめて外で――」

土方が銀時の手から徳利を取ろうと左手を伸ばしかけ――一瞬動きが止まった。

傷は塞がった、と土方は言っていたが、完治している訳でもない。傷が引き攣れたのだろう。

わずかに眉根を寄せた銀時が土方を窺うように見やる。

土方はそれを無視して、銀時から徳利を取り上げた。

「平気だっつってんだろ」

銀時の杯に中味を注ぎ、

「もっと派手にやってくれてもよかったんだぜ」

なんでもないことのように、さらりと土方が言う。

その言葉に、銀時は心底嫌そうに顔をしかめた。

「…できるワケ、ねーだろ、バカヤロー」

ぐい、と杯を呷ると銀時は「疲れたから先に休むわ」と言い置いて、座敷を出て行ってしまった。

山崎がハラハラとした顔で閉められた障子と土方とに視線を送る。

その横で、沖田のため息が落とされた。

「――アンタぁ…ホントに嫌な奴でさァ」

淡々とした声を残し、沖田もまた席を立つ。そのまま上座で酔い潰れている近藤の方へと向かった。

「…土方さん…」

困ったように山崎が呼びかけるが、土方は意に介した様子もない。

それどころかむしろ――と神楽は首をかしげた。

「…ニコ中、嬉しそうアルな」

この傷――神楽が土方の左腕をじっと見つめて言うと、土方は自嘲を浮かべた。

「総悟の言うとおり、俺ァ嫌な奴だからな」
「こんなのなくても、銀ちゃんは離れてかないアルヨ」

神楽の言葉に、土方が一瞬瞠目する。その表情はしだいに苦いものへ変わっていった。

「…そうだな」

悲しげにも見えるその表情に、まったく、と神楽はため息をついた。

「銀ちゃんとお前、一発ずつ殴るのはカンベンしてやるネ。その代わり、あのマダオ慰めてこいや。銀ちゃんドSだから打たれ弱いアルヨ」

神楽は銀時が土方を斬った場面は見ていない。
けれど、捕り物が一段落したあと土方に詰め寄った銀時のあの姿から、どれだけ不安やら恐怖やらを抱いたかは容易に知れる。

――嫌なことやらせやがって!

芝居だとか血ノリだとかいう問題ではなく、土方を斬りつけた、というそのこと自体が、銀時は嫌だったのだ。

その上、土方からあんなことを言われたのだ、間違いなくあの男はヘコんでいる――絶対に。

だから――と神楽は、難しい顔で黙り込む土方の右手を掴んで座敷を横切り、

「精々甘やかして機嫌取ってやるヨロシ」

言いさま、土方を廊下に放り出した。

パン、と閉めた障子越しにオイ、と狼狽えたような土方の声がした。それを無視していると、ややして諦めたのか、土方が動いたのがわかる。

その気配が部屋の方へと向かって行ったのを確認して、神楽はその場に腰をおろした。障子にもたれながら座敷内の馬鹿騒ぎを眺める。

未だ生き残っている陽気な酔っ払い集団は、銀時と土方が姿を消したことにも気づいていないだろう。もっとも、気づいて探そうとしたところで阻止してやるが。

神楽が土方を放り出す一部始終を見ていた山崎は、神楽に笑んでみせると、さり気ない素振りで酔っ払い集団にまじっていった。その姿から、山崎は協力者だと確信する。

なら厄介なのはひとりだけだ――神楽がそんなことを思っていると、その厄介なひとりが立ち上がった。しっかりとした足取りで、神楽の方へと歩いてくる。

「お前どこ行くつもりネ」

障子に伸ばそうとする手を制すると、厄介な男――沖田はしらっとした目を神楽に向けた。

「なんでい、馬の足でも気取ってんのかィ?」

馬の足?、と意味がわからず神楽が目をしばたたかせると、沖田もまた、ん?、とばかりに小首をかしげた。

「人の恋路を邪魔する奴は――?」
「馬鹿に斬られて死んじまえ?」

なんとなく聞き覚えのあるリズムで適当に返すと、沖田は「まあ結果は同じか」などと訳のわからないことを言いながら、神楽の隣に腰をおろした。

神楽と同じ方を見ながら視線を合わせることなく、「で?」と問いかけてくる。

「てめー、どっから気づいてやがった、この茶番」

ちらりと横目で見やった顔はいつもどおりの無表情だったが、その声音には不満の色が滲んでいた。簡単に騙されたことが悔しいらしい。

「私だって知らなかったアルヨ。でも――」

土方たちの企みなど知らなかった――知らされていなかったのは本当だ。

だが、何を企んでいるのかその内容は知らなかったものの、気づいていたと言えば、最初から気づいていた。

神楽は銀時が真選組を――否、土方のもとを離れて出て行った、など、最初から欠片も信じていなかったのだ。

「最初からわかってたアル。女の勘ネ」

嘯くようにそう言うと、沖田は物凄く嫌そうに目を眇めた。

(12/09/19)



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