その存在を確かめるように土方をきつく抱きしめても、失くすかもしれないという恐怖と焦燥は胸中に渦巻いたままだった。消えることなく暴れまわるその感情に、堪らずに土方に口づける。舌を差し入れ、無我夢中で口内を舐めまわす。
「ん……」
土方は荒々しい口づけを受け入れて、ただ金時の背中を擦っている。宥めるようなその仕草は、様子のおかしい金時を心配しているようでもあった。そのさまが愛しくて――さらに哀しくなる。
角度を変え、口づけを深めた。舌を絡めながら土方をゆっくりとソファに押し倒し、その体にのしかかった、そのとき。
突如ガンガンと玄関のドアを叩く音がして、金時は跳ね起きた。ザッと血の気が引く。
このマンションはオートロックだ。昔からあるオートロック方式のエントランスなら、住人などの出入りに乗じて建物内に入ることができるだろうが、ここのは最新式でそういう方法が使えないようになっている。エントランスのインターホンを鳴らされずに直接部屋のドアを叩かれるなど、このマンションに住んでから始めてのことだ。
とはいえ、建物内に入る方法はあるだろう。あるいはマンションの住人なのかもしれない。
だが、金時は嫌な予感を覚えていた。ひやりと冷たい汗が背中を伝う。
「坂田さーん、開けてくださーい」
ドア越し、リビングまで聞こえてきた声に、予感が正しく当たっていたことを知る。
後をつけられたのだ――あの、店に来た沖田という刑事に。
「……土方はここにいて。顔、出しちゃダメだかんな?」
刑事に対する忌々しさを押し殺し、きょとと金時を見上げる土方の頬を撫であげる。土方がこくりとうなずいたのを見て、玄関へと向かった。
未だガンガンうるさく叩かれるドア越しに「うっせーよ!」と怒鳴りつけて、ドアチェーンをつけたまま薄くドアを開く。
「……なに? こんな時間に。うっさいんだけど」
わずかな隙間から窺えば、そこに居たのはやはり沖田だった。その後ろには地味な顔立ちの男も見える。この男も刑事なのだろう。金時の訝る視線に気づいたのか、男は慌てて手帳を開いてみせた。
「ああ、夜分遅くにすみませんね、ちょいと確認してもらいたい物がありまして。ここ、開けてもらえませんかね?」
飄々と言いながら、沖田がドアチェーンを指で弾く。金時は内心舌を打った。
チェーンを外したくない。けれど、外さなければきっと痛い腹を探られる――間違いなく。
渋々一度ドアを閉めてチェーンを外し、再びほんの少しだけ開ける。途端、ぐい、とドアを強く引かれ、金時はバランスを崩した。たたらを踏みかけたところに地味な顔立ちの男がタックルのように飛びかかってくる。
腹の辺りに組みつかれた金時が驚いて一瞬動きを止めると、その隙に沖田が金時の横を抜け、室内へと踏み入った。
「オイ! 勝手に入んじゃねーよ!」
地味な男を振り払い、慌てて沖田の後を追う。沖田がリビングのドアを開けるのと、金時がその腕を掴み上げるのは同時だった。
「土方さん!」
「やめろ!」
ソファの上で半身を起こした土方が、きょとんとした顔を金時たちの方へと向ける。
知られてしまった――見つかってしまった。金時は青くなり、沖田の体を押しのけるようにして土方のもとへと駆けた。その背後で、ふざけんじゃねェや、と沖田の怒気を孕んだ声が低く床を這う。
「土方さん、アンタこんなとこでなにしてやがんでィ。近藤さんに心配かけんじゃねェ!」
「……近藤さん……?」
怒鳴りつけられた土方が、突然の乱入者に目を丸くしたまま茫然と呟く。金時から見れば、なんのことを言われているのかわかっていないと知れる様子だが、沖田は違う意味合いに取ったらしい。ああ、と何かを思い出したのか、得心したような声を出す。
「近藤さんは死んじゃいねェ、生きてまさァ」
「生き、て……?」
愕然としたように呟いた土方の目が、じわじわと見開かれていく。
何か、彼の記憶が呼び戻されたのだろうか――金時が気を揉みながら見つめるなか、喘ぐように土方の唇がわなないた。
土方が茫然としたまま、何かに操られているかのように腰をあげる。足を踏み出し、歩きかけて――ぐらりとその体が傾いだ。
「土方!」
床に落ちる寸前で慌ててその体を抱きとめる。土方の揺れる瞳が宙を彷徨い、金時に向けられ――苦しそうに眇められた。
「金時、俺は……」
土方の震える手が金時の腕を掴む。縋るようなその仕草に胸が締めつけられた。事実、今の土方が縋ることのできる寄る辺は金時だけなのだ。
護らなければ、と思う。失いたくないこの腕の中の愛しい存在を、護らなければならないのだ。
「いいから土方、無理しなくていい。心配することねェから。大丈夫、無理に思い出そうとしなくていいよ」
ぎゅうと抱きしめて、無理に思い出すことはない、大丈夫だ、と繰り返し言い聞かせていると、背後の気配が動いた。刑事ふたりが近づいて来たのがわかる。どこか困惑したような空気で窺うように見ているのも。
「……土方さん?」
訝しむような沖田の声に、土方の体がぴくりと小さく反応する。大丈夫だ、とその背を撫でながら、金時は土方に代わって背後のふたりに答えた。
「――コイツ、記憶ねーんだよ。だからコイツ責めるようなこと言うの、やめてくれる?」
「記憶喪失、ですかい」
「そんな……!」
沖田の呟きに地味な刑事が悲痛な声をあげる。マジでか、とこぼした沖田が、ややしてすい、と足を踏み出した。
「――まあ、構いやしねェ。ソイツ、連れてくぜ」
言うなり沖田はぐい、と金時の肩を掴んだ。そのままソファに背中から叩きつけられる。細身の体のどこにそんな力があるのか、結構な威力だった。
衝撃に金時が息を呑むと、その隙をつくようにして土方の襟首を掴み上げ、金時から引き剥がそうとする。渡すまいと咄嗟に腕に力をこめた。
「やめろ!」
「待てやコラ。けーさつは仁義も通さないつもりアルか」
金時の怒声に、入口から届いた少女の低い声が重なる。声の方を振り返った沖田が、おやおや、と呆れたような声を出した。
「夜兎の女ボス直々のお出ましたァ、恐れ入ったぜ。よっぽどこのホストの旦那が心配らしい」
そこに居たのは神楽だった。少女の後ろには新八の姿も見える。きっと、今日のことを――金時が警察に土方のことを訊かれ取り乱したことを心配した新八が神楽に報告し、それで様子を見に来たのだろう。
神楽はずかずかとリビングに上がりこむと、庇うように金時と沖田のあいだに割って入った。
「あの日、死にかけてたトシちゃんを拾ったのは私アル。そして金ちゃんが今まで面倒見てきたネ。お前ら、一宿一飯の恩義、わからないたァ言わせねーアルヨ」
いったいどんなドラマを見たのか、神楽が時代錯誤な啖呵を切る。沖田は馬鹿にしたようにフン、と鼻を鳴らした。
「その恩義とやらを返すのは土方さんの役目でさァ」
沖田の言葉に神楽がにこりと笑う。
「そうネ。だから、トシちゃんに返してもらうまで、渡すワケにはいかないアルヨ」
途端、ふたりが不穏な空気を放って睨み合う。バチバチと散る火花が見えそうなくらい険悪なそこに、まあまあ、と穏やかな声で割って入ったのは新八だった。
「なにもずっとこのままで、と言ってるワケではないんですし。もうしばらく――せめて土方さんの体調が良くなるまで、様子を見てもいいんじゃないですか?」
ね、と人懐こい笑顔で刑事ふたりにそう言うと、「金さん」と金時を振り返った。
「土方さん辛そうですから、休ませた方がいいと思いますよ」
「あ……ああ」
新八に言われ、ようやく腕の中の土方が青い顔で力なくぐったりしていることに気づいた。慌てて抱き上げて、隣のベッドルームへと向かう。
「……こーいう口八丁は金ちゃんのオハコだろ」
すれ違いざま、神楽が痛みを堪えるかのように呟いたのが、つきりと胸に突き刺さった。
ベッドルームに入りドアを閉めると、ようやく金時はホッと息をつくことができた。神楽の先ほどの言葉も相俟って、どれほど自分が狼狽えて余裕がなかったのかを思い知らされる。きっとそれは、見苦しいほどだっただろう。
ベッドに横たえると土方はゆるりと首を巡らせ、金時を見上げた。
「……金時」
「心配しなくていいから、ゆっくり休んでな」
不安げな土方に大丈夫、と微笑み、黒髪を梳いてあらわれた額に唇を落とす。瞼を閉じた土方が再び「金時」と呼んだ。その唇にも口づけを落とし、こみ上げる感情に、どうして――と泣きたくなる。
どうしてこのままでいられないのだろう。ただ土方とふたり、今までのように穏やかに過ごしたいだけなのに、なぜそれが叶わないのか。
こうしてふたりきりで世界を完結させられたらいいのに――などと非現実的なことまで夢想し、そこで金時は苦々しく自嘲した。
このままで、なんて――そんなこと、叶うはずもないことは、誰よりもよくわかっている。
重い足取りでリビングに戻ると、神楽と刑事ふたりは突っ立ったまま睨みあっていた。姿の見えない新八を探せば、勝手知ったる、とばかりにキッチンで何やら動き回っている。恐らく飲み物でも準備しているのだろう。
神楽は金時が戻ってきたのを見ると、どっかりとソファに腰をおろした。金時を手で招き、立ちっぱなしの刑事ふたりには顎で座るよう促す。
「死んでない言ったアルナ、お前。ソレ、誰アルか?」
「……近藤さん――うちの部隊の隊長です」
神楽の向かいに腰掛け口を開いたのは、地味な方の刑事――山崎だった。ふうん、と神楽が目を伏せる。
「……ソイツ、トシちゃんのこと「トシ」って呼ぶアルか?」
「ええ……それがなにか?」
山崎の応えに、そうか、と独り言ちた神楽は、何やら考え込んでしまった。五人分の飲み物を持って来た新八が、刑事ふたりの前にコーヒーカップを置きながら、「それより」と話を変えるように問いかける。
「どうも事件関係者として土方さんを探してたようには見えなかったんですが……もしかして、土方さんははあなた方の……?」
新八の問いにうなずいたのも、山崎だった。
「上司です。うちの副隊長――副長なんです」
土方は刑事だったのか――そうなのか、とどこか遠い出来事のように金時はただぼんやりとその事実を呑みこんだ。
「そういえば、部隊って言ってましたが……SATとか?」
「えーと、SATみたいなもので、でもちょっと違うというか……」
「ウチはテロ専門の特殊捜査部隊なんでさァ。ちょいと事情が込み入ってやして、警視庁からは煙たがられてますがねィ」
山崎の言を継いだ沖田が今度は「それより」と神楽に色素の薄い双眸を向ける。
「あの野郎になにがあったか、教えてもらおうかい。記憶がねーたァ、どーいうことだ」
「知らないアルヨ。私がトシちゃん見つけて拾ったときにはもう記憶なかったアル」
「そいつが腑に落ちねェってんだ。あの野郎を見つけたとか、死にかけてたのを拾ったとか――偶然にしちゃあどうにも都合がよすぎやしねェか?」
沖田は土方が記憶をなくした件に神楽が絡んでいると疑っているのだろう、鋭い目で神楽を睨みつける。だが神楽は意に介した様子もなく、新八のいれたジュースを飲みながらちらりと上目でそれを見返した。
「トシちゃん拾ったのは二ヶ月前の雨の日アルヨ。――その日、新宿の外れでけーさつとどこぞのマフィアがぶつかったらしいアルナ?」
神楽が含みありげに言うと、ああ、と沖田が何か得心したようにうなずく。
「ソッチでかィ」
「なにがあったネ?」
「――ウチが張ってたテロ組織がマフィアから武器を仕入れるってェ情報掴んだんでさァ。建設中のビルで取り引きが行われるってんで、踏み込んで一斉検挙しようってェハラだったんだがねィ」
だが――と沖田の顔が歪む。
「直前に、捜査の情報がバレてたんでさァ。おかげで俺たちゃあ部隊を分断された」
結局その場にテロ組織は現れず、囲んだつもりの沖田たちは逆にマフィアに囲まれていたのだ、と沖田は淡々と口にした。
乗り込んだ捜査員たちは散り散りに分断され、そこここで激しい銃撃戦が繰り広げられたという。どれくらい撃ち合ったのか、嘲笑うようにマフィア構成員たちがその場から消え、周囲から一瞬喧騒が絶え雨音だけが響いたそのとき、
――トシ逃げろォ!!
近藤の絶叫と一発の銃声が外から聞こえた。
慌てた沖田たちが捜索し見つけたときには土方の姿はなく、銃弾に倒れた近藤だけがそこに残されていたのだという。
飄々とした顔で、けれど苦々しく説明した沖田が「――で?」と神楽を睨みつける。
「こっちの恥晒したんだ、そっちも知ってるネタァ、吐いてもらおうか」
神楽は沖田の視線をじっと見つめ返し黙り込んでいたが、ややしてため息をこぼした。
「……トシちゃんが記憶なくしたのは、クスリのせいアル」
「おま……土方はクスリやってねェって言ったじゃねェか!」
金時が思わず声を荒げると、神楽はぷい、とそっぽを向いた。
「やってないとは言ってねーヨ、夜兎はクスリに手ェ出さないって言っただけアル。ウチはやらないけどヨソのことは知らないネ。クスリで荒稼ぎしたきゃ勝手にすればいいアル。そいつらが誰にナニ打ったところで夜兎には関係ないアルヨ」
そう嘯く神楽に、金時はこのガキャ……と歯噛みする。嘘、という訳ではなく、本当のことを言わなかった、ということらしいが、金時にとってはそこに違いなどない。
「……よそ、ってェのは春雨のことかい? お嬢さん」
騙されていた怒りに拳を握り締める金時をよそに、沖田が探るように訊ねる。神楽は薄っすらと笑ってみせた。その表情は、当たりだと告げている。
それは最近歌舞伎町のあたりでもよく耳にするようになった、華僑系マフィアの名だ。たしかアメリカで今一番幅を利かせている組織だ――と聞いた気がする。
ふたりの会話と今ここでその名が出る、ということから、沖田たち警察が衝突したのは春雨なのだろう。
「そいつらの動きが気になって、あの日わざわざ日本まで探りに来たんだろィ?」
沖田の問いに、「当たりヨ」と今度は言葉にして神楽は答えた。
「春雨が新しいクスリ売り捌いてるって知ってたからな。トシちゃんが記憶ないって知って、ソレ大量に打たれたの、すぐにわかったネ。腕に打たれた痕もあったから間違いないアル」
キメルと天国にイけるくらい気持ちいいらしいアルヨ、となんでもないことのように神楽が言うと、沖田と山崎はちらりと視線を交わした。
「そんなクスリが出回ってる、ってな情報は入っちゃいねーがな」
「ええ、この前の取り引きも覚醒剤と武器だという話でした」
「まだ日本では出回ってないアル。アイツら、向こうで売れるだけ売ってからコッチでも捌くつもりネ。あと半年もすれば日本でも大フィーバーヨ、ヤミツキになるヤツ続出ネ」
神楽の予言に刑事ふたりは嫌そうに顔をしかめた。
他のことがどうでもよくなるほどの多幸感が生じて、一度味わうとその感覚が忘れられなくなるらしい。その依存性は高く、アメリカでもようやくその危険性が広く認知され始めたのだと神楽は言う。
「普通の量なら、ただのクスリと一緒アル。ぶっ飛ぶくらい気持ちイイだけネ。頭ん中ハッピーでいっぱいなだけヨ。でもソレ大量にキメルと、とってもとっても大事なものを――忘れてしまうアルヨ」
そのクスリはロートスと呼ばれている、と神楽は続けた。その実を食べた者は成すべきことも故郷のことも忘れてただその実を欲したという神話から、その名がつけられたという。
「だから今のトシちゃんは危険アル。自分の命も存在も、どうでもよくなってるネ。「大切」が、欠けてしまってるアル」
それでか、と金時は理解した。
記憶がないというだけにしてはおかしかった土方の状態も、そのクスリ――ロートスのせいなのだ。自分の命も存在も、どうでもいい――などと、そんな風になってしまったのは。
「ソレ――こんどー? のこともお前らのことも、トシちゃん覚えてないアル。良かったな、お前、トシちゃんの「大切」アルヨ」
「……嬉しかねェや」
吐き捨てるように落とされた沖田の声は、どこか弱々しく響いた。確かにこんな状況では、大切な者だなどと言われても、嬉しくなんてないだろう。
沈黙が落とされた室内のそんな重苦しい空気を破るかのように、山崎が「だったら!」と声を張り上げた。
「土方さんがそんな状態なんだったら、余計放っておけないでしょ! こんなとこじゃなくて、ちゃんと病院で診てもらわないと!」
「こんなとこで悪かったな」
チ、と舌打ちして金時が吐き捨てる。神楽は深々とため息をついた。
「……これだから地味は……」
「いや、地味関係ないですよね、今!」
「私たちが春雨の取り引き現場行ったのは情報掴んでたからアル。でもトシちゃん見つけたのは、こんどーの声と銃の音聞いたからヨ」
「それがいったい――」
「トシちゃん、クスリ打たれたほかは頭殴られてただけネ。血ぃダラダラ出てたけど、それだけヨ。致命傷にはならない程度ヨ。でもこんどーは銃で撃たれたんだろ? じゃあなんでトシちゃんは撃たれなかったアルか?」
問いかけるような神楽の言葉に、沖田と山崎がハッとして息を呑む。その反応に神楽は満足げにうなずいた。
「そうネ、犯人はトシちゃん殺したくなかったからとしか思えないアルヨ。殺せないけど、覚えてられるとマズイこと知られたから、クスリ使ったアル。お前、情報バレてた言ったアルナ? ソレ、けーさつ内部に裏切り者いるからネ。ソイツがトシちゃん殺したくなかった奴ヨ」
神楽がきっぱりと言いきると、刑事ふたりは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。「やっぱりそーかい」ぽつりと沖田がこぼすのに、そーネ、と神楽が返す。
「トシちゃん生きてること知ったら、きっとソイツ放っとかないアル。今度こそ、トシちゃん殺そうとするかもしれないネ。だからお前たちには――けーさつにはトシちゃん渡さないアル」
渡さない――と、土方を連れて行こうとした沖田たちを強い口調で神楽は一蹴する。
その断固とした様子にしばらく考え込んでいた沖田は、ややしてわかった、とうなずいた。
「――今日のところは退いてやらァ。代わりにそのクスリの成分とあの野郎のカルテ、こっちに渡してもらおうかィ」
「カルテ?」
なんのことだとばかりに神楽が可愛らしく首をかしげるが、沖田はそれにしらっとした目を向けた。
「今さらすっ呆けなくてもいいぜ。どうせ夜兎お抱えのモグリの医者にでも診せてんだろィ? そっちにゃあ手ェ出さねーから、カルテよこしやがれっつってんだ」
「けーさつの言うこと信じるバカがどこにいるネ」
「言ったろ、ウチはテロ専門だ。この前の取り引きにゃあ春雨が絡んでやがったから組対と手ェ組んだが、もともとソッチは俺たちの担当じゃねェ。テロ組織とつるんでねェってんなら、マフィアなんざどーでもいい、っつってんだよ」
警察らしからぬことを沖田が言い切ると、神楽は一瞬きょととしたのち、声をあげて笑った。
「お前、おもしろいアルナ」
気に入ったアル――神楽が不敵な笑みを浮かべ、ソファから立ち上がる。
「いいアル。会わせてやるヨ。データもくれてやるネ――ついてくるヨロシ」
そう言い、神楽は刑事ふたりと新八について来いと促す。
「ホストの旦那ァ」
立ち上がった沖田が不意に金時を呼んだ。目線だけで応じると、意外なほど真っ直ぐな眼が金時を捉えている。
「……今日はアレ置いて行きますが……」
何を言いたいのか、沖田はしばらく逡巡するかのようだったが、結局「頼んまさァ」と結んだ。
頼まれるまでもない――喉元までこみ上げたセリフを呑み込み、金時はただうなずいてみせた。
さっさと帰ってくれ、そして、二度と来ないでくれ――と、そんな叶うべくもないことを願いながら。