其ノ参「残月」 02

 外に漏れぬよう細く落とされた灯りが、おぼろに室内の様子を浮かびあがらせている。
 集う男たちは、ややもすれば闇に紛れそうになりながら顔を突き合わせ、座していた。
 薄明かりのなか、ぼそぼそと交わされる声にはどこか愉悦が滲んでいる。
 ――アイツらを出し抜いてやった。
 ――数日後には、自分たちの行動によって世界中が驚き返るだろう。
 そんな優越感から、どの顔にも知らず笑みが浮んでいた。
 来るか来ないか。そんなことを対象に、賭けを行っている声もする。
 どっちでも構いやしねェよ――男たちはどっと笑った。
 どちらでもいいのだ。どちらでも、あの忌まわしい連中の鼻をあかすことになるのだから。
 油断は禁物ですよ――部屋の隅から穏やかな声がやんわりと場を諌めたとき。
「どーもー、遅くなりましたー」
 カラリと襖が開き、暢気な声が室内に落とされた。
 ――どうにも場違いな調子だ。
 そう男たちの誰もが思い、声の方へと目を向けた瞬間――室内をまばゆい灯りが満たした。
 否、それはただ室内灯が灯されただけだ。だが、闇に溶け込みかけていた男たちには、目も眩むほどまぶしく感じられた。
 光に視界を奪われたなか、
「はいどーもー、御用改めでーす」
「神妙に討ちとられろィ」
「……名乗りは正確にあげろっつってんだろーが」
 聞こえた三者三様の言葉に、男たちは一拍の間ののち――みっともなく狼狽えた。





 物騒な顔つきの男たちが揃った尾海屋の座敷を見回し、銀時は深々とため息を落とした。
「ホントにいやがったよ、マジいやがったよ。なんでいんだよ、どんな嫌がらせだよ、ありえねー。いたからにゃあ仕事しなきゃなんねーだろうがチクショー。だってこの人仕事の鬼なんだもん、めっちゃ楽しそうなんだもん。つーか楽しもうって、そーいうこったろうとは思ってたけど、ちょっとくらい期待したっていいじゃん、だって男の子だもん」
 ぶちぶちと恨みがましくこぼす銀時を、沖田が呆れたように見やる。
「旦那は楽しみだったかもしれやせんがね、こちとら時間外労働でうんざりしてんでさァ。ムカつくんで時間外手当はきっちり出してもらいますぜ土方コノヤロー」
「勤務時間内だバカヤロー。もともとてめーは夜勤じゃねーか今日」
 矛先を向けられた土方が顔をしかめる。このくだらない会話を断ち切るように、座敷の中で身構えている男たちへ切っ先を向けた。
「御用改めである。神妙にお縄につけ」
 土方の名乗りに呼応するように、廊下側の襖が全て開いた。そこには一番隊の隊士たちがずらりと並んでいる。
 言いなおすあたりが律儀すぎる――銀時はいっそ感心すら覚えながら刀を抜いた。

 気づいたのは土方だった。
 名簿の一番下に引かれた斜線、そこには一週間前に店を辞めた丁稚の名前が書かれていた。郷里の親が病の床に倒れたので、看病のために郷に戻った――そんな理由と併せて。
 だが、念のためと土方が確認させたところ、丁稚が郷里に戻った形跡がない。それどころか書かれていた郷里の住所すら存在しなかった。
 ――引き込み役か。
 主たちと伊勢参りに行く訳にもいかず、かといって丁稚がひとり店に残るような手立てもなく、店を辞めたのだろう。恐らく事前に合鍵のひとつも作って、無人となった店に引き入れるために――そう土方が推測し来てみれば、本当にその通りだったのだ。
 不穏な空気をまとった男たちが顔を突き合わせていた光景に、銀時はマジでかよ――と呆れると同時に、なんだかしてやられたような薄気味の悪さを覚えた。
 できすぎている――ような気がする。

 隊士の姿を認めると男たちは喚声をあげ、剣を振りかざして斬りかかってきた。その数は二十あまり。一番隊の他に三番隊も伴い外を張らせているが、二隊も連れてくることはなかったか、と銀時は向けられる刃をかわしながら思った。
 獰猛な気配が入り乱れ、そこここから刀を切り結ぶ音が響くなか、
「やっぱり引き込みだったか」
 土方の淡々とした声が背後から聞こえた。
 浪士の刀を受け流しながら視線だけ向ければ、土方の目は一際年若い少年を捉えている。
 これが店を辞めた丁稚か、と土方の視線に怯えている少年をなんの感慨もなく眺めたとき。
「――やはり、思った通りの方だ」
 土方の言葉に対してだろう、嬉しそうな色を帯びた男の声がした。
 声の方を見れば、丁稚だった少年の後ろに、学者然とした男が薄っすらと笑みを浮かべて佇んでいる。その風体は、この荒々しい斬り合いの空気からひとり浮いていた。
 だが、場にそぐわしくない男のたたずまい以上に、その表情に薄ら寒さを感じる。
 この場で、そしてこの状況で笑えるのか――嫌な予感を覚え、銀時は眉をひそめた。
 そもそも丁稚は店を辞めなくてもよかったのではないか――銀時が引っかかり、土方が曖昧に濁した疑問がふいと浮上する。
 合鍵を作ったのならそれを渡し、自分は何食わぬ顔で伊勢に同行すればよかったのではないか。そうすれば土方が疑問を抱くことも、銀時たちがこうしてここに来ることもなかったのだ。
 ――罠だろうがなんだろうが、可能性があんなら行くしかねェだろ。
 罠である可能性も想定していたのだろう、目を伏せながら答えた土方の言葉が脳裏に蘇る。
 胸騒ぎがした。
 目の前の浪士を斬り捨て、銀時はその学者然とした男を抑えようと体ごと後ろを向いた。この男が首謀者だというのは直感的にわかった。何かを仕出かすなら、起点となるのはこの男だろう。
 振り向いた銀時の目に、別の男の刀を受けている土方の背中が映る。男がいない――視線を外したわずかな隙に見失ってしまった男の姿は、土方の傍らからするりと現れた。
 一瞬息を飲んだ銀時の刀が届くより先に、笑んだまま男がすうと手を動かす。手にした小瓶から、霧のようなものを土方に噴きつけた。
 途端、土方の体ががくりと沈んだ。驚き目を瞠る銀時の前で、その体が笑みを浮かべた男に抱えられる。
「――ご安心を。天人製の薬で眠っていただいただけです。害はありません」
 銀時に目を向け、男が言う。咄嗟に反応できずにいた銀時が動くより早く、男の横に立つ浪士が土方の首許に刀を突きつけた。
「動くな!」
 だみ声が座敷に響き渡り、全員の動きを止めた。全ての視線が集まる。その光景に、隊士たちが息を呑むのがわかった。それを感じたのだろう、浪士たちのあいだに勝ち誇ったような空気が流れる。
 一気に立場が逆転した――銀時は内心ほぞを噛んだ。
「さあ、そこを通してください」
 土方を捕らえる男がいっそ穏やかなまでに言う。ふざけるな、と銀時は刀を向けた。男との距離を測り、土方に突きつけられた刀の近さを苦々しく思っていると、でも、と男が小首をかしげる。
「貴方には手を出せない――そうでしょう? 副長さん」
 図星を指す男の言葉に、銀時はぎり、と歯噛みした。
 土方に意識があったなら、構わず全員討ちとれ――そう言っただろう。そして、自分の立場ではそう判断をくださなければならないのだろう――盾に取られたのが誰であっても。
 だが、頭では――理屈ではわかっていても、言えるはずがない。それを返せ、と胸中で喚き散らしている言葉を飲み込むのが精々だ。
 銀時の代わりに口を開いたのは沖田だった。
「わざわざソレ連れてくのは勝手だけどな、おめーらの狙いはなんでい。なんでここでソイツの首を取らねーんだ」
 淡々と投げかける声からは感情が読み取れない。恐らく表情ひとつ変えていないだろう沖田に目を向け、男がゆるりと首を振る。
「無駄な血を流したくはないのですよ」
「どの口がソレ言いやがんだ」
「我々が望むのは無血開城――」
 馬鹿にするかのような口調の沖田に、笑んだまま男が返したのは、想像だにしなかった言葉だった。
 呆気に取られる隊士たちを見回した目が、ひたりと銀時に据えられる。
「おとなしく城を明け渡し、全ての権限を放棄していただきたい――お飾りの将軍にそうお伝えください。貴方のお気に入りの命が惜しくば、とね」
「アホか。だったらもっと適切な奴に伝えさせろ。俺たちが伝令務まる相手じゃねーっつの」
 男のふざけた要求に、銀時は盛大に顔をしかめた。
 たとえ、土方が将軍の寵を受けている、などという噂が事実だったとしても、そんなことくらいで通る話でもあるまいに。何を世迷い言を――と睨みつける銀時に、けれど男は笑みを絶やさない。
「適任だと思うからこそ、こうしてご足労願ったんですよ」
 土方の喉許を撫であげ、男がうっそりと笑う。その光景と言葉の両方に苛立ち、銀時は思わず舌打ちした。
 やはり、裏の裏をかいたつもりが、さらに裏返されていたか。最初から、こうして土方の身を捕らえるために、仕組まれていたのだろう。
「丸一日、猶予を差しあげます、よくお考えになることです」
 土方を盾に、浪士たちは悠々と座敷をあとにする。隊士たちはじりじりと間合いを測りながらも、動けずにいた。
「明後日――色よい返事を期待していますよ」
 それでは、とその姿が廊下に消えても、座敷の中には緊迫した空気が残されていた。
「坂田副長、土方副長が――!」
 ややして乱暴な足音を響かせ、外を囲んでいた三番隊が駆け込んできた。
 隊士たちの縋るような目が銀時に集まる。それを感じても刀を握り締めたまま歯を食いしばっていると、斜め下から冷静な声が届いた。
「――旦那、指示をくだしなせェ」
 指揮官はアンタなんですぜ、と沖田が声音と同じ温度の双眸を向けてよこす。言外にしっかりしろ、と諌められ、銀時は大きく息をついた。
「屯所に知らせて今すぐ緊急配備かけさせろ。一番隊と三番隊は、奴らの足取りを追え」
「あいよ」
 銀時の号令に、二隊の隊士たちは座敷を飛び出した。その姿を見送り、ようやく刀を納める。
 どこか現実を放棄したがっている思考を叱咤し、拳を握り締めた。捕らえられた者がどんな目に遭うか、知らない訳ではない。早く――早くしなければ。
 脳裏に浮かぶ嫌な想像を振り切るように、銀時も夜の町へと駆け出した。



 市中を駆ける沖田たちに近藤から「全員屯所に戻れ」と命が届いたのは、日付が変わる直前のことだった。
 土方を連れて行った浪士たちの情報を得ることもできず、焦燥を抱えながら沖田たちが戻ると、苦渋の色を浮かべた近藤たちが待っていた。見れば、銀時以外――否、銀時と土方以外の全員が揃っている。
「――緊急配備はどうしたんでい」
 苛立ちを完全には隠しきれずに沖田が低く問うと、近藤が一枚の紙切れを差し出した。
「さっき、コレが届いた」
 そこには「副長の命が惜しければ、軽挙妄動は慎むよう」などと書かれている。チ、と舌打ちして紙片を近藤に突き返した。
 こんな脅しを送ってよこすからには、屯所は見張られているのだろう。猶予は一日――男はそう言っていたが、身動きが取れないのでは猶予も何もあったもんではない。
 銀時が戻ってきたのは、沖田たちに遅れること二時間あまり経ってからだった。
 いつもの人を食ったような笑みが消えた顔はわずかに疲れの色を帯びているが、全身にまとっているのはぞわりと総毛立つほどの凄みだった。
 その姿から、彼もまた手がかりと呼べるようなものを掴めていないと知る。
「――旦那」
 何を言いたいかもわからずに、それでも沖田が声をかけると、銀時が目をあげた。近藤が無言で紙片を手渡す。
 感情の掻き消えた顔で手紙を一瞥すると、銀時はそれをぐしゃりと握りつぶした。




 ふうと意識が浮上するように目が覚めた。体も頭も鉛のように重い。
 茫とする頭で土方は辺りを見回した。見慣れない殺風景な部屋に、自分がどこにいるのかわからず、内心首をかしげる。
 すでに陽は昇っているのだろう、薄暗いその部屋の高窓から、筋となって光が差し込んでいる。
 だが、わかったのはそれくらいで、視線をめぐらせても、ここがどこなのか知れるような手がかりはなかった。
 身を起こそうとして、金属性の太い綱のようなもので上半身と足を拘束されていることを知る。次の瞬間、はっきりと覚醒した脳裏に記憶が途切れる寸前のことが蘇り、土方は内心ほぞを噛んだ。
 やはり罠だったか、と苦々しく思う。それも読んだ上での捕り物だったが、いいようにしてやられたのは失態でしかない。
 天人製だという薬を噴きつけられ、全身から力が抜けていった。強引に引きずり落とされるように意識も遠のいたが、それでもなんとか知覚を保った耳に届いたのは、呆れるような言葉だった。
 無血開城――今時そんな言葉を聞くことになるとは思いもしなかった。
 アホか、と銀時が吐き捨てていたが、土方も同感だった。夢物語にもほどがある。
 まして、そう言いのけた男はともかく、その周りの獰猛な目をした男たちがそんなことを望んでいるようには到底見えなかったのだから、なんの冗談だとすら思った。むしろあれは血なまぐさい力尽くのやり方を好む連中だろう。
 それを鑑みれば、未だこうして五体満足に生かされていることが信じられないくらいだ。人質として取り引きに使われるのだろう、と男の言葉からも予測はつくが、だとしても土方の身が無事である必要はないだろうに。
 もっとも、黙って使われてやる心積もりなどない。近藤たちの足枷になるくらいなら、暴れるだけ暴れて、果てる方を選ぶ。ついでにひとりふたり道連れにできれば上出来だ。
 土方がそう心を決めると、ガラリと扉が開いた。ぞろぞろと現れた不穏な風采の男たちのあいだから、ひとり異彩を放つ男がついと歩み出る。
「お目覚めですか?」
 乱暴に引き起こされた土方を覗き込み、男が温和な口調で問う。
「なにが目的だ」
 低く問い返す土方に、男はただ薄っすらと微笑む。この場にそぐわない笑みを見返しながら土方は再び問うた。
「無血開城だかなんだか知らねェが、叶うとでも本気で思ってんのか?」
「さあ――それはお上しだいとしか」
 飄々と返す男からは、その真意が読み取れない。
 ふざけるな――土方は目を眇めた。
「最初からありえねェのが、わからねーワケでもあるまいよ」
「そしたら江戸を火の海に変えてやるだけだ」
 勝ち誇ったように笑うだみ声があがると、そうだそうだ、と他の男たちが追従する。やっぱり最初からそれが目的なんじゃねーか、と土方は呆れ果てた。だが、そちらの方がわかりやすい分、得心できる。
 だからこそ、こんな無駄なことをする意味がわからなかった。
 冷ややかに見やる土方に、男がまあ、と柔和な笑みを向ける。
「江戸はともかくとして、真選組はもはや機能しなくなるでしょうね」
 貴方がいないのだから、と続ける男に、土方はアホか、と半眼になる。
「俺ひとりいなくなったところで、ウチは揺るがねェよ」
「ご謙遜を。貴方ひとり盾にしただけで、真選組の皆さんは随分おとなしくなってくれましたよ」
 男の言葉に、土方の顔がわずかに歪んだ。土方になど構わずに討ちとればよかったあの場面で、けれど銀時たちが動けずにいたのを思い出す。
 やはりこのままでは枷にしかならないのだと、改めて実感した。
「真選組潰すのが目的なら、なんで生かしておく」
 こうして土方が生かされている方が不都合なのだとは隠して問うと、そうですね――と、男は微笑んだ。
「貴方とこうしてゆっくり向き合いたかったのかもしれません。将軍の寵を受け、あの白夜叉に恋い慕われているという貴方と」
 男が嘯くように言うと、周囲から下卑た笑いが起きた。瞬間的に湧き起こった殺意を押し殺し、土方は冷静を装う。過剰な反応を返せば面白がらせるだけだ。
「あいにくだが事実無根だ。名誉毀損で訴えるぞ」
「とんでもない。あの白夜叉がこれほどまでに誰かひとりに執着しているのは、とても珍しいことなのだそうですよ」
 わざとらしく驚いたような素振りをみせる男に、土方は眉をひそめた。「あの白夜叉」などと言いながら、男の口ぶりは誰かから伝え聞いたものとしか思えない。
「――そう言ったのは、誰だ」
 銀時を――白夜叉を知る人物が、絡んでいるのか。
 土方が睨みつけると、男はふわりと笑った。土方の切り返しが気に入ったといわんばかりだ。
「貴方が知らない白夜叉の姿を、良く存じている方ですよ。――残念ながらお会いさせることは叶いませんが、あの方も貴方には興味を抱いておられます」
「興味だァ?」
 薄ら寒さに土方が顔をしかめると、そりゃそーだ、と嘲るような笑いがあがった。
「どうやってあの白夜叉をタラシ込んだのか、知りてー奴はごまんといらァ」
 どっと沸いた嘲笑に、知るか、と内心怒鳴り返す。タラシ込んだ覚えもなければ、そんな事実もない。
 拘束されてなければ全員叩き斬ってやるのに、と土方が怒りを抑えていると、ぐいと顎を掴まれた。睨みつけた先で、ひげ面の浪士がにやりと口許を歪める。
「なァ教えてくれや、あの戦場の武神をどーやって骨抜きにしたのかをよォ」
 好色な笑いにおぞ気が走る。反吐が出そうになるのを堪えながら、土方は嘆息した。
 白夜叉白夜叉と、うるさいにもほどがある。対外的には知らぬ存ぜぬを通しているというのに、何故わざわざその名を聞かせるのか。
 人の苦労をなんだと思ってやがる――と八つ当たり気味に思いながら、土方は口を開いた。
「さっきから聞いてりゃあご大層なこと言ってやがるがな、白夜叉ってェのがどんだけ凄かったか知らねーが、アイツはそんなんじゃねーぞ」
 あの白夜叉――などと呼ばれているのを聞いても、どうにも普段の銀時とは結びつかない。豪く腕が立つのは認めるが、その部分だけが強調されて美化されているとしか思えなかった。
「ちょっと目ェ離しゃあすぐにサボろうとするわ、なんにでも小豆やら餡子やらかけて食うわ、糖尿一歩手前なくせして糖分摂れなきゃ死ぬとか駄々こねるわ、ドSだわ」
 淡々と言い連ねる土方に、男たちが呆気にとられるのがわかった。土方にしたら、こんなことで目を丸くする男たちの反応にこそ唖然としてしまう思いだ。きっと、それが土方と男たちとの認識の違いなのだろう。
 そんな、常態の銀時を知らないから、攘夷戦争の英雄の如く祭りあげられるのだ――無責任に。
「たしかに剣の腕は立つがな、てめーらとは違うんだよ」
 違うんだよ、と、真っ直ぐに睨みつける。男たちがわずかに怯んだ。
「平気で一般市民犠牲にできるてめーらと一緒にするな」
 静かな、けれど強い口調で言う。
「黙れ!」
 土方を押さえていた男がいきり立ったかと思うと、拳を振りおろした。ガツ、と骨と骨の当たる音がして、脳髄が揺れる。ぐらりと床に倒れ込み、鉄錆に似た味が口の中に広がるのを感じていると、襟元を掴まれ引き起こされた。
「幕府の狗が偉そうに――」
「やめなさい!」
 それまで穏やかな調子だった声が鋭く制止する。再び殴られるのを覚悟していた土方は、どさりと床に落とされた。
「だが川南さん――!」
「もういいじゃねぇか!」
 目的は果たしたのだから生かしておく必要はないだろう、と詰め寄る男たちに、川南と呼ばれた男は、いけないの一点張りだった。
 土方は馬鹿馬鹿しい思いでその諍いを聞いていた。いっそ、このまま仲間割れでもしてくれればいいのにとすら思う。
 床に転がったまま、どこへともなく彷徨わせた視線が、高窓から見える空に密やかな姿を見つけた。
 あと数日で新月を迎えるだろう、下弦よりも幾分痩せ細った白い月が、青い空に溶け込みそうな儚さで薄っすらと浮かんでいる。
 その姿は、夜の闇に置いてけぼりをくらったような頼りないものだが、一度気づいてしまえば、そこにいるのだと弱い叫びをあげているようにも思えた。
 昼の明かりに掻き消されることなく、そこにいるのだ、と。
 その姿は何かに似ているように思えた。
 過去に葬らせてもらえない「白夜叉」か、それとも時代に取り残された目の前の男たちか――。

 わからずに土方は目を閉じた。

(10/11/13)